【 生物学魔談 】魔のウィルス(10)

【 サグラダ・ファミリアの爆弾 】

フィレンツェ在住の友人にとって戒厳令生活は苦でもなんでもない。もともと彼は「ひきこもり画家」だからだ。自分でそう言ってるのだ。
「この機会に大作に挑戦してるよ。100号を描いてる」
「おおっ、100号!」

横162cm、縦130cm。面積のイメージとしては「たたみ2畳よりちょっと小さいぐらいの大きさ」だ。テーマは(やはりというか)「COVID19」。なんで「コウモリ女」の話が突然に出てきたのかと思ったが、「なるほどそういうことか」と合点した。

「悪魔のような姿のコウモリ女がそこら中を飛んでるとか」

冗談のつもりで言ったのだが、これが見事に当たってしまった。私としては「たまたま」といった出来事でしかなく、軽く笑ってさっさと次に行きたかったのだが、彼としてはいささかプライドに響いたらしい。
「そんなに簡単に予想できることか?」
「予想もなにもジョークで言ったことなんだから、別に君が気にすることじゃない」
(その後数回のやりとりで慰めた後で)
「新型コロナウィルス爆弾を手にして飛んでる」
「なるほど」
(また冗談が浮かんだが、もちろん言わない)
「その爆弾をどういう形状にするかであれこれ悩んできたが、〈あっ〉と思い出して飛び上った。このひらめきを神に感謝した」

いささか大袈裟な話だと思ったが、なにしろ敬虔なクリスチャンである。夢中になって話そうとしているのだから、余計な水はささないに限る。
「それはよかった。……で、爆弾はどういう形になった?」

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「昨年の秋なんだけど……ちょっと車を飛ばしてね、サグラダ・ファミリアを見てきた」

こういう話は本当に、心の底からうらやましい。フィレンツェから北上してフランスに入り、地中海沿いの港町をのんびり走り、スペインに入ってバルセロナまで、距離にしてざっと820km。日本で言えば東京から福岡まで(886km)マイカーを走らせるような感覚で、異民族の異国に入り、異文化に触れることができる。ことにヨーロッパは美術館・博物館・教会建築の宝庫だ。日本はどうしても「外国に行く」となるとまずは飛行機が頭に浮かぶ。「マイカーでさっと外国に行く」という感覚は日本人にはない。
「日帰りで行くのはちょっとキツイが……」と友人は言う。1泊や2泊の余裕を持てば、ほとんどのヨーロッパ諸国に行ける。

「それでサグラダ・ファミリアに入ると〈ロザリオの間〉というのがあって、小さな部屋なんだけど、ここはガウディが生きていた時代に一旦完成したんだよね。ところがスペイン内戦で破壊された」
「内戦で破壊?……驚いたな。自分たちの内輪もめで、自分たちの至宝を壊したというのか」
「戦争になったら建物なんか至宝でもなんでもない。戦場の建物はアウトだね。教会も単なる障害物だよ」
「ひどい話だな」
「全く。……その後、延々と修復が始まるのだけど、まあそれはともかく、その〈ロザリオの間〉の彫刻に爆弾がある」

これには驚いた。サグラダ・ファミリア内部に爆弾の彫刻があるというのだ。

「信じがたい。教会建築の彫刻に爆弾があるというのか」
「そう。実際、1893年にバルセロナの劇場で爆弾事件が起こってる。20人ほど死んでる。ガウディはそれを見てる。その当時の爆弾が掘られてる」

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「ロザリオの間」に彫られた青年は「竜と化した悪魔」が差し出す球形の爆弾を(後ろ手で)まさに受け取ろうとしている。……が、一瞬のためらいがあり、その指は爆弾から少し浮いているという。青年はマリアを仰ぎ見ながらためらっているというのだ。

「すごい瞬間だな。そんな彫刻があるのか」
「ああ、その球形の爆弾、オルシーニ爆弾とかいう当時の爆弾らしいが、それが忘れられない。新型コロナウィルスの造形にそっくりなんだよね。まるでウィルスに感染しようとしているまさにその刹那に、マリアに救いを求めているように見える」

……………………………………    【 つづく 】

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