【 台湾魔談 】(12)

【 視線 】

西欧に旅行したことがある人なら、その旅行の仕方にもよるだろうが、西欧人が我々日本人に向ける冷たい視線を感じた人は多いのではないだろうか。もちろんそれには「ごく一部の」という言葉をくっつけておかねばならない。決して「多くの」ではないと思いたい。しかし歴然とそれはあるのだ。

さらに言えば、それが日本人だと承知した上でそうした態度をとるのであれば、まだ許せる。許せるというか、場合によっては「その理由はなんだろう?」といった好奇心を喚起する材料となるかもしれない。しかし現実はそうではない。じつに多くの場合、彼らは「中国人め!」という目で我々を見ている。「雰囲気とか言葉でわからんのか。日本人と中国人は全然ちがうだろ?」と怒ったところで、どうにもならない。

「でも彼らの目から見て、中国のむこう、まさに極東というべきか、そこに日本という国があることはちゃんと知ってるんだろ?」
フィレンツェ在住の友人(日本人)にそう聞いてみたことがある。
「もちろん知ってる。……でもねえ、なんて言うのかなぁ。あまり関心がない。たとえば我々日本人がだよ……」
友人はしばしここで言葉を切ってなにかを考え始めた。たぶん比喩を探しているのだろう。

「ポルトガルという国が、イベリア半島の先っぽにあることは知ってるだろ?……でもスペインとかフランスとかに比べてどんな国なのか、よく知らんだろ?」
「よく知らんよ。だからと言って冷たい目で見たりはしない」
「まあ、そうだよな」
友人はさらに比喩を探す。しかし結局は、彼にもよくわからないらしい。

「たぶん民族どおしが延々と、侵略に侵略を重ねてきた地域でないとよくわからん恐怖とか警戒心とかがあるのだろうな」
「ふーん。恐怖ねぇ」
「彼らは基本的に他民族を信用しない。他民族というものは、隙あらば自分たちを攻めてくる卑怯卑劣な奴らだと思ってる。ヨーロッパの歴史がそれを証明している。同じ白人同士でも信用しないというのに、自分たちよりもサルに近いイメージの黄色人種なんてのは、もう絶対に信用しない」

……そういえば、と思い出す本があった。「悪夢の猿たち」(荒俣 宏/ファンタスティック・ダズン6)。
この本には西欧人がいかに猿という動物に不気味さを感じてきたか、その結果、じつに奇妙な「人のようなポーズをとる猿の(博物学的な)絵」が多く残されているか、という話が(さすがは荒俣宏)緻密に詳細に書かれている。
じつはヨーロッパにはもともと猿が生息していなかった、という事実がある。「人に似た、こんな不気味な動物がいるのか!」という驚きと共に西欧人は猿を知ったのだ。

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【 兵役義務 】

ともあれ、私にとってはそうした「西欧旅行中に感じた冷たい視線」が、台湾旅行中にはまったくなかったことで、「同じ渡航でも、気分が全然ちがう」と面白く感じたことがしばしばあった。

いままでの台湾渡航体験でうっかりと書いてなかったが、この台湾旅行で、私は米軍放出品アーミージャケットに黒いジーンズ、ティンバーランドの登山靴という格好だった。アーミージャケットは登山や旅行における私の定番スタイルで、とにかくポケットが多く、生地がしっかりしている。野営のためのジャケットなので、汚れても全然平気なのがいい。いつも寺町通り(京都)にある米軍放出品専門店で買うのだが、この台湾旅行では「勘違いされると困る」と思い、胸の「US ARMY」も腕の階級章もはぎとったジャケットを着ていた。
ところがこれが裏目に出た。「勘違いされると困る」どころか完全に勘違いされ、いたるところで敬礼を受けた。

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以前にもちょっと書いたが、この国には兵役義務がある。軍の関係者だと見られてしまったらしい。これにはまいった。わざわざそのためにジャケットを買って着替えるのも面倒くさいのでそのまま適当に敬礼を返して足早に通りすぎることが多かったのだが、「本物の軍関係者から詰問を受けたらどうなるのか」「この国ではこういうファッションは軍関係者以外には禁止なのだろうか」といったヒヤヒヤ感はずっとついて回った。「そこまでヒヤヒヤするならジャケットを買ってしまったらいいだろう」と自分でも何度も思ったのだが、なにしろダブッとしたLサイズの大きなジャケットなので折りたたんでザックに入れることが面倒くさい、というかそもそも入る余裕がない。結局、帰国までアーミージャケットで押し通した。

しかし一度だけ、不安に耐えかねて、店の前の路上にずらっと並べられたジャケットの一つを手にして物色したことがある。すると店内からパッと駆け出してきた5歳ほどの少女が私に向かってなにかしきりに声をかけるのだが、その表情を見ると、ツルンとした小さなオデコにうっすらとシワを寄せている。表情といい声の調子といい、どうもなにかで少々ご立腹らしい。さっぱりわからないので笑ってごまかそうとしたのだが、それでもずっとなにか話している、というか怒鳴っている。
仕方ないので、胸に親指をむけて「リーペンレン」と言った。
その瞬間の彼女の表情。驚愕とでも言おうか、それはすごく怖いものを見たような表情だった。彼女は走って店内に逃げた。どのような感情が彼女の中を走ったのか。それは今でもわからない。私はそのジャケット購入を諦めた。

……………………………………    【 つづく 】

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