【 台湾魔談 】(14/最終回)

【 老婆嗚咽 】

私は病院を目指していた。復興大飯店の少女から借りた地図は何度も見て、3ヶ所の病院マークを見つけていた。自分の地図ではないので印を書きこむことができず歯痒かったが、とりあえずそのうちのひとつを目指して歩いた。

途中で小学生の集団登校と出会った。
街ではいたるところに瓦礫が散乱しており、黄色い腕章の母親たちが数多く立って児童たちを誘導している。児童たちはみなキャラクターものが大好きのようだ。男の子も女の子も、背中にしょったランドセルの真ん中にベタッとキャラクターを貼りつけている。キティまがい、ミッフィーまがい、チビマルコまがい、ポケモンまがい、ガンダムまがい。まさに和製のまがいキャラ・オンパレードだ。「この国のキャラはないのか」といった視線で探してみたのだが、ひとつもなかった。

病院は5階建ての大きなビルだった。ロビーは大変な混雑だ。隅に立ってしばらく様子を観察し、案内所らしき窓口に行って並んだ。自分の番が来た。自分の胸を指して「リーペンレン」と言い、友人の名前を記した手帳を見せた。看護婦さんはうなずき、画面を見ながらキーボードをパシャパシャと打った。祈るような気分で待つ。しかしだめだった。彼女は気の毒そうにこちらを見て首を振った。

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とりあえず座りたかった。しかしロビーの椅子に空きはなかった。
外に出て正面玄関前の石段に座り、しばし往来を眺めた。「さて、次の病院を目指そう」という意欲になかなかなれなかった。ギラギラと照りつく日射で頭痛がした。のどがヒリヒリと乾いた。

ふと気がつくと、すすり泣きの声が聞こえてきた。石段の下の方で老女がうずくまって泣いていた。身内が亡くなったのだろうか。私はザックからミネラルウオーターを出して一口飲み、立ち上がった。その場を去りたかった。しゃくりあげるような老女の泣声がやりきれなかった。

老女の脇を通りすぎようとしたとき、思いもかけず彼女は上体を起こした。花柄のハンカチで涙をぬぐいながらこちらを見た。私は立ちすくんだ。彼女は微笑していた。目は赤くはれあがっていたが、確かに私を見て微笑しているように見えた。

私は彼女に近づき、買ったばかりのミネラルウオーターをわたした。なぜそのようなことをしたのかよくわからない。私は混乱し、意気消沈していた。病院前の石段に身を投げ出し、しみじみと泣いている老女は、あらゆる自然の災厄に向かって人間の無力を嘆いているようだった。拝むようにしてミネラルウオーターを受け取った彼女の両腕は、見るにたえないほど細かった。その表情を、私はきっと一生忘れないだろう。

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【 再会 】

往来から路地に入り、ビルの影で地図を開いた。次の病院を目指しつつ、「なんとか友人の自宅まで行けないものか」と考え始めていた。警官でもいい。通行人でもいい。友人の住所を記した手帳を見せる。次に地図を見せる。これでなんとかならないものか。

その方法は、3人目の老人でヒットした。
玄関先に安楽椅子を出し、往来に向ってキセル煙草を悠々と楽しんでいたその老人は、住所を見て「ああ」といった感じで何度もうなづいた。地図を見せると、額をくっつけるようにして指でなぞり始めた。しきりになにか独り言をぶつぶつと呟きながらあちこちに指を移動させていたが、しばらくして1点を示し、気色満面の表情となった。間違いなさそうだ。礼を言って50元硬貨を渡した。

2時間ほどあちこち歩いた。地図を人に見せて場所を確認し、ついに友人が住んでいた建物をつきとめた。ひどい惨状だった。4階建てのビルを想像していたのだが、そうではなかった。木造3階建ての屋上に、さらにバラックで4階部分を作ったのだろう。
1階と2階部分はつぶれて半分ぐらいの高さになっていた。 黄色いテープを上にあげて中に入り、瓦礫の上を歩いて建物に近づいた。すると建物の裏から老人が出てきた。手にカラの鍋を持っている。友人の名前を書いた手帳を見せたが反応はなかった。老人はしわがれた声で「リーペンレン」とつぶやいただけだった。

瓦礫の中に座りこんだ。さてどうする?
中学生ぐらいの少女たち3人が歩いてくるのが目に入った。だめでもともとだ。私は少女たちに近づいた。手帳を見せ、倒壊した建物を指さした。さいわい彼女たちは奇異な目で私を見なかった。3人ともひたいを寄せるようにして手帳を覗き、ひとりが声をあげた。それから3人できゃあわあとなにか言っていたが、ひとりがパッと駆け出して近くの家に入っていった。

少女はひとりの婦人を連れてきた。大柄でほおが赤くて、いかにも開放的な感じのおかみさん、といったタイプだ。おかみさんは私から手帳をふんだくるとフンフンとうなずきながら友人の名前を見た。なにか書くものをよこせという仕草をした。私は急いでペンを出した。彼女は名前の下に略図を描いた。病院に行く地図だった。

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友人は6人の入院病室にいた。片足をつった状態で眠っていた。消毒液の匂いが鼻の奥をツンと刺激した。私はベッド脇に立ち、彼をながめた。頬がこけている。無精ひげに白いものが混じっている。全体にずいぶんやせてしまったような気がする。

起こすにはしのびなかった。彼の場所はわかったのだ。出直すことに決め、6人部屋から出ようとした。すると入れ違いに入ってきた看護婦さんの声がした。 私はドアのところでふりかえった。友人は看護婦さんに支えられるようにして上体を起こしていた。彼は私に気がついた。目を大きく開いた。口を動かしたが、言葉にならなかった。顔をくしゃくしゃにして泣いてしまった。私は彼の前に立ち、無言で握手した。彼の手は冷たかった。細かく震えていた。さぞつらかったのだろう。彼は私の胴体を抱えるようにして泣いた。

……………………………………     【 完 】

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