【 魔の船 】( 短編魔談 10 )

【 悪意の船 】

「魔の船」といえば、あなたはどんな船を連想するだろうか。タイタニックだろうか。
タイタニックは当時「海に浮かぶ宮殿」と言われたほどの超豪華客船だった。しかしわずか2時間半で沈没した。世界史に残る悲劇の船となってしまったが、「悲劇」ではあっても「魔」ではない。やはり「魔」の冠を有する船とは、海よりも深い悪意を抱いて動いている船でなければならない。

「海賊船!」とあなたはいま思ったかもしれない。確かにタイタニックよりは「悪意を抱いた船」と言えるのだが、海賊どもの狙いは、所詮は財宝である。「海よりも深い悪意」とは言いがたい。そんな悪意の船があるのか。あるのだ。それは古典的SF冒険小説と、それを見事に映画にした作品に登場する潜水艦ノーチラス号である。

「なんだ、潜水艦か」などと思わないでいただきたい。水の上に浮かんでいるだけが船ではない。潜水艦もまた立派な船である。たまたまそれは水面よりも下に潜ってしまうのだが、戦艦も、駆逐艦も、巡洋艦も、イージス艦も、潜水艦も、全て「艦」すなわち船なのだ。そしてこれから語りたいのは「海よりも深い悪意を抱いた潜水艦」の物語である。

小説「海底二万海里」(ジューヌ・ヴェルヌ作/1870年)
映画「海底2万マイル」(ディズニー初の実写映画/1954年)

御存知だろうか。小説「海底二万海里」が発行されたのはなんと1870年。じつに151年前のSF冒険小説である。当時、海上を走っていた大型船の動力は蒸気機関がメインだった。タイタニックの動力は4本の大きな煙突(ただし前から4本目はただの飾り)が象徴するとおり蒸気機関だが、そのタイタニック登場(1912年)のなんと42年前にヴェルヌは潜水艦ノーチラス号が活躍する小説を書いている。

SF冒険小説の愛読者としては「その潜水艦の動力はなにか」という点に興味が走る。「まさか蒸気機関ではあるまい」と思いつつ読み進むと、驚くべし、電気モーターに相当する説明が出てくる。なんと水銀と塩化ナトリウム(海水から摂取)を用いた船内発電を可能にした電気潜水艦らしい。実際にこの「海底二万海里」の影響を受けたのかそうでもないのかよくわからないが、この小説の発行から18年が経過した1888年、スペイン海軍は本気になって電気潜水艦を開発しようとした。それは「ペラル魚雷潜水艦」という名前で知られている。

【 ノーチラス号 】

さて本題。
潜水艦ノーチラス号の悪意とはどんなものか。それはこの最先端電気潜水艦を自在に操っているネモ艦長という男の異常な操艦に現れている。彼はどこの国にも軍隊にも属さない「一匹オオカミ潜水艦長」だ。そして海底世界をこよなく愛し、地上の人間世界を異常に憎んでいる。そのため「地上と地上を結ぶ艦船」は、彼にとっては憎悪の対象でしかない。どこの国のものであろうと沈めに行く。客船は見逃すのかどうかわからないが、軍艦や軍関係の輸送船だと容赦しない。問答無用で沈めに行く。

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どんな沈め方をするのか。その沈め方に彼の「海よりも深い憎悪」が現れている。
千葉ディズニーシー(ではなく、東京でしたかな?)に行ったことがある人なら、港に停泊する潜水艦を見たはずだ。「海底二万海里」は知らずとも、その潜水艦の奇怪なデザインは目に止まらなかっただろうか。いかにもサディスティックというか、攻撃的というか、シンデレラ城やドリーミングアップ・パレードの「夢の国」ピンクムード満載の中にダースベイダーが黙って立っているような、一種異様な存在を感じなかっただろうか。

これが潜水艦ノーチラス号である。実際はディズニー映画「海底2万マイル」に登場のノーチラス号よりもかなり小型化されているようだが、それでもこの潜水艦特有のいかつい武装は十分に再現されている。特に注目したいのは前面装甲部分。ノコギリのような「鋼鉄ギザギザ」で武装されている。

このギザギザはなんのためにあるのか。海上で艦船を発見すると、この潜水艦は全速で接近する。いよいよ艦船と激突するちょっと手前で、水中に潜る。その結果、海上の艦船はまるで魚の腹部がえぐられたように船底に大穴が開く。これはもう、たまったものではない。あっという間に大破・沈没だ。乗組員が海に飛びこむヒマさえ与えないような致命的な攻撃だ。

さてその艦長。
この男はなぜそこまで艦船を沈めまくり、地上の人間たちを徹底的に憎むのか。映画では、彼はかつて「孤島で働かされていた奴隷」という暗く惨めな過去の説明がある。その孤島でなにをさせられていたのか。そこではある国の軍が密かに兵器工場をつくっていた。彼は数名の仲間とともにその島を脱出し、無人島で潜水艦を製造した。材料は様々な都市でバラバラに注文した。そして無人島で製造した。
映画「海底2万マイル」でネモ艦長はこんなことを言っている。
「あなたにわからないのは、憎しみの力だ。憎しみは愛と同じように、人の心を満たすのだ」
海から救出された博物学者は、それを聞き、半ば呆然とつぶやく。
「気の毒に。憎しみに生きるとは」

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(余談1)
じつは前述した「鋼鉄ギザギザノーチラス号」はディズニー映画の演出だった。小説「海底二万海里」では、ネモ艦長は博物学者に以下のような説明をしている。
「この船は両端が尖った細長い円筒形をしています。その形状は葉巻の形に似ています」
なんとヴェルヌは蒸気機関船が右往左往していた151年前、現在の攻撃型原潜のフォルムを予見したかのような潜水艦をイメージしていた。

(余談2)
67年前のディズニー映画「海底2万マイル」に登場のカーク・ダグラスはなかなかのマッチョ男だが、昨年の2020年2月、ついに他界した。103歳という長寿だった。

(余談3)
なんとデビッド・フィンチャー監督が「海底2万マイル」リメイク版制作に本気らしい。しかも主演はブラッド・ピットを熱望。ブラピ艦長か?……いやそうではなく前述したカーク・ダグラスが67年前に好演した水夫役らしい。
「フィンチャー監督 & ブラピ」といえば、「セブン」「ファイト・クラブ」「ベンジャミン・バトン」である。いずれも(独特の屈折感ただよう)面白い映画だ。だからブラピ主演の「海底2万マイル」も絶対に面白いとは言えないが、しかし期待は大いに高まるというものである。しかもロケ地に予定されているオーストラリアでは、(話題性・観光性に大いに期待したらしく)助成金として2160万ドル(約22億円)出しますと。
ところが……なぜかブラピが降りた。わけわからん。水夫役が気にいらんかった?……まあ、色々あるのでしょう。したがってキャスティング難航。「あーあ、この映画企画、消えてしまうかも」である。

……………………………………… * 魔の船・完 *

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