【 タイガー魔談/第2話 】ホワイトタイガー/魔の戦車

今回のトラ談はホワイトタイガー。東武動物公園にいる白トラを連想した人には誠に申し訳ないが、そのトラではない。映画「ホワイトタイガー」(2012/ロシア)に登場するじつに奇妙な幽霊戦車の話である。

幽霊といえば……
「幽霊」を冠した乗り物や兵器がある。まず頭に浮かぶのは「幽霊船」だ。
船以外にそういうのはあるのか。筆者独断で探してみた。

幽霊戦闘機。
ジブリの世界にある。「紅の豚」である。ほら、眠れないフィオにポルコが語った「飛行機の墓場」の話。撃墜された戦闘機が、敵も味方もなく空の高い高いところまで上昇していき、なんとそこで数百数千という無数の列をなして音もなく飛行しているというシーン。じつに静かで、不気味で、印象的なシーンでしたね。フィオはますます眠れなくなったのではないかと思いますが。

幽霊電車。
電車ではないが「幽霊汽車」が文学の世界にある。宮沢賢治「銀河鉄道の夜」。あの汽車が引っぱっている客車に乗り合わせている乗客たちは、じつはみな死者である。カンパネルラもすでに死んでいる。ジョバンニだけが、うっかり乗ってしまったのだ。

幽霊カー。
映画の世界にある。「クリスティーン」(1983/アメリカ)。原作がスティーヴン・キング、監督がジョン・カーペンターとくれば、B級ホラー映画ファンなら「おっ、これは観ねば」と心を躍らせる組み合わせだ。内容は要するに「邪悪な心を持ったアメ車」が人を殺しまくる映画である。なので「幽霊カー」というよりは「悪魔カー」と言うべきか。よくこんな話を映画にするものだと……まあそれはともかく(笑)、1958年あたりの、やたらでかいアメ車が好きでたまらん人々にとっては、それが邪悪であろうがなんであろうが、心ときめく映画らしい。日本では2週間で上映打ち切りとなったそうだが(当然ですな)、アメリカでは原作がベストセラーで映画も興行的にはまずまずの成功だったそうである。よくわからん国だ。

さて本題。幽霊戦車。
「戦争映画にも戦車にも興味ないっ」などとおっしゃらず、まあちょっと聞いていただきたい。この映画は通常の、アメリカあたりがつくった戦争映画とはちょっと違うのだ。ロシア映画(2012年)なんである。
「だからなんなのさっ。要するに戦争映画じゃないっ」などとおっしゃらず、つづきを聞いていただきたい。

通常、アメリカあたりがつくった戦争映画というのは「戦争の悲惨さを再現した」「英雄活躍のシーンを見せたかった」「極限状態における人間の行動を描いた」などなど大真面目で追求したリアル感が売りの作品が多いのだが、このロシア映画はなんと言うか「大真面目で追求した幽霊戦車」の映画なのだ。つまり人が乗ってない。もしかして乗ってるのかもしれないが、最後まで出てこない。

このあたりの「謎めいた中途半端さ加減」というか、最後まで「よくわからないものが、よくわからないままで終わってしまう」という意外性がロシア映画の面白い点だ。こんなのをアメリカで作ったら(アメリカで作るはずもないが)NGどころかスクリーンに向かってコーラ缶が飛ぶような大ブーイングものだろう。アメリカ映画というのはなにからなにまで理由とか原因とかがはっきりわかってないと気が済まない、みたいなところがある。

しかし(これまた奇妙なことに)この映画は決してB級ではない。上記「クリスティーン」のように、はじめからB級を意識して作った映画ではない。じつに重厚な戦車戦シーンもある。
戦車戦というのは、要するに戦車対戦車の雪合戦みたいなものだ。無茶苦茶な例えのように思うかもしれないが、手許の雪玉(砲弾)を、力まかせに(火薬の炸裂で)敵に投げつけて(発射して)、相手により大きなダメージを与えた方が勝ちである。より腕っぷしの強い者の方が(より強力な火器搭載の戦車の方が)、より遠くから相手に雪玉(砲弾)を投げる(着弾させる)ことができる。また、より厳重に服を着込んだり(前面装甲を厚い鉄板にしたり)、ヘルメットをかぶったり(砲塔の防備を固めたり)して、防備をガッチリと固めている方が、よりダメージが少ない。原理は全く同じだ。

さてタイガー戦車。
これはナチスドイツ軍が誇る重戦車で、その当時、最強と言われた。小学生の雪合戦にいきなり砲丸投げオリンピック選手が出てきたみたいな、すごい戦車だったのだ。もう本当に圧倒的に強かったらしい。この戦車が(この戦車ならではの)重苦しいキャタピラの音を響かせて出てきたら、「出たっ!……タイガーだっ」てんで、アメリカの戦車などクモの子を散らすように逃げたらしい。

ところがその最強タイガー戦車の白いヤツがたった1台で戦場に忽然と現れて、ソビエト軍戦車部隊を木っ端微塵に粉砕し、スルスルとファイティングポーズ(要するに後ずさり)をとりながら森に戻っていく、という変な話なのだ。ソビエト軍が頭に来るのも当然で、「ナチスめ、タイガーのさらに改造版を造りやがったな」とばかりナチスの将校を捕まえて吐かせようとするのだが、ナチスもまた「そんな戦車は知らん。我々もまたあの戦車には恐れている」ということで、結論としては、結局、わけわからん戦車。「邪悪な心を持った戦車かもしれん」というロシア版悪魔戦車物語みたいな奇妙な展開になってくる。

しかしここに忽然と現れるソ連軍兵士。英雄大好きのアメリカ映画だったら印象的な登場シーンにして大いに盛り上げるのだろうが、ロシア映画ではじつに地味というか「全身90%の大火傷から回復した戦車兵」という男が出てくる。全身90%の大火傷ですよ。普通、死にますな。それが見事に回復し、記憶をなくし、破壊された戦車と会話(?)できる奇妙な戦車兵となって復活する。

「なるほどその変な戦車兵が、最後にホワイトタイガーを見事に倒すのね」といま思ったでしょ。アメリカ映画なら100%そうですな。ところがロシア映画ではそうではない。「え?……ええー?」というエンディングなのだ。その理由がまた「さっぱりわからん」という奇妙で不可解でそのゆえに印象に残る「Bダッシュロシア映画」なんである。

追記。
「ホワイトタイガー」は第85回アカデミー賞にロシア代表作として出品された。「ロシア代表作」ですよ。このあたりに「大真面目で追求した悪魔戦車物語」の意気込みが感じられる。しかし最終選考には至らなかった。まあそうでしょうな。

ホワイトタイガー/完


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