【 時間どろぼう魔談 】モモ(20)

第20章【 追手を追う 】

年頭から延々と語ってきたこの長編物語も、ついに第20章。次の第21章で物語は完結する。
「やれやれついに最終ステージか。よくここまで語ってきたな」といった安堵感、疲労感、達成感がドロドロと混色されて灰色になったような気分だ。またその一方で「とうとうこの物語も完結か。名残惜しいな」といった気分もある。長編読破ならではの余韻といったところだろうか。

とにかく本が好きで好きで時に長編小説が大好き!という人(女性)から、こんな話を聞いたことがある。
長編の世界にどっぷりとはまり、先を知りたくてどんどん読み進む。現実世界での仕事や家事や食事ももちろんしなければならないのだが、仕事や家事や食事など二の次だ。食事をしている間も「次はどうなるのだろう」と考えている。生きていくためのエネルギーの70%から90%ぐらいは、本の世界からもらっている。ふと気がつき、いま開いているページを眺める。分厚い本のすでに半分ほどまで来ている。「ああもう半分まで来てしまった」と、寂しい気分になる。
「まだ半分もある、という喜びにはならんのですかね?」
私は笑いながら聞き、その質問は無視される。
で、後半の半分。最終ページに接近するにしたがって、なんともいえない寂寞感に包まれつつ、しかし読まないわけにはいかない。物語のクライマックスと同時にそうしたジレンマも味わいつつ彼女は読み進む。そしてついに最終章。その日は朝に目覚めた瞬間に「ああ今日はとうとうこの物語が終わってしまう。この世界から離れる日が来てしまった」という虚無感に襲われ、しばしベッドの中で涙にむせぶそうだ。
「もう一度、最初から読めばいいんじゃないですかね?」
私は笑いながら聞き、その質問は再び無視される。
いやここまでくると、読書も大したものだ。

さて本題。第20章「追手を追う」。
なかなか魅力的なタイトルだ。どんな話なんだろうと思わず読みたくなるようなタイトルだ。私の書棚にも「このタイトルはいいな。好きだな」という本がいくつかある。
「熊を放つ」(ジョン・アービング/村上春樹 訳)
「悪い本」(宮部みゆき/吉田尚令 絵)
「パン屋再襲撃」(村上春樹)などなど。

それはともかく第20章「追手を追う」。この章を一言で示すならば「大逆転劇」だ。
「どこにもない家」を完全に包囲した灰色の男たち。彼らはマイスター・ホラに手を出すことはできない。しかし彼らのくゆらす葉巻の煙がどんどんと立ちのぼり、「どこにもない家」の上空をすっぽりと覆ってしまったとき、マイスター・ホラに危機が訪れる。

このくろいけむりがすっぽりこの家をつつんでしまったら、わたしがおくりだす時間にはどれも、灰色の男たちの死んだいやらしい時間がすこしまじってしまうようになる。人間はそんな時間をうけとったら病気になる、それも死ぬほどひどい病気になるのだ。(原作)

なんと眼前の敵に手を出すことができないので、その敵が最も大事にしているものを滅ぼそうという卑劣な作戦だ。難攻不落の山城に立てこもった敵に手を出すことができないので、その周囲の民家を全て焼き払ってしまおうというような極悪非道作戦だ。
もうこうなったら、マイスター・ホラも最後の切り札を出さないわけにはいかない。それがすなわち「時間の供給を止めてしまう」という作戦だ。まさに「伝家の宝刀を抜く」作戦だ。しかしそのためにはマイスター・ホラ自身が眠りにつかなければならない。

わたしはぜったいに眠るということをしない。眠ったりすれば、その瞬間からあらゆる時間がとまってしまう。世界はじっと静止したままになるのだ。(原作)

そこでモモの活躍となる。モモに任務を与えたマイスター・ホラは眠りにつき、すべての時間が止まった。モモの開けたドアから「どこにもない家」の内部に殺到した灰色の男たち。しかし彼らはすぐに異変に気がつく。すべての時計が止まっている。砂時計さえ止まっている。
灰色の男たちの大混乱が始まる。いま自分が吸っている葉巻がなくなったら、どうなるのか?

「そんなことは、わかってるじゃないか!」べつのひとりがどなりました。
「おそろしい破滅だぞ、諸君!」きゅうに大混乱となって、みんなは口々にわめきたてました。(原作)

かくして「どこにもない家」を完全包囲していた灰色の男たちの、大混乱・大逆流・大撤退が始まる。追跡したモモは町の外れの工事現場にたどり着いた。高い板塀が現場をぐるりと囲んでいる。板には「立ち入り厳禁」の看板がかかっていた。

蛇足余談。
警察が大好きな禁止標語も「5・7・5」になっている方がリズムがよく、スッと頭に入ってくると聞いて笑ったことがある。
「この中に・入るべからず・警視庁」

【 つづく/次回最終回 】


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