第15章【 再会、そしてほんとうの別れ 】
この章はジジがどうなったか、という話である。「再会」も「ほんとうの別れ」も、モモとジジの間のことなのだ。
モモの不在1年間の間に、ジジはどうなったのか。簡潔に言ってしまえば、彼は社会的に大成功したのだ。超有名人となり、ラジオやテレビに大いに出演し、高級住宅街に住む身分となった。しかしそれはジジにとって「めでたしめでたし」では全然なかった、という話である。
私はこの15章が好きである。楽しい気分になるからではない。ゾッとした気分になるから好きなのだ。……そう、この15章は大人が読んでもゾッとした気分にさせられるのだ。小学生ではこの気分はちょっと無理味かもしれない。中学生、高校生、大学生にはぜひ「モモ」を読んでいただきたい。そしてこの15章でジジがつぶやく言葉を味わってほしい。
✻ ✻ ✻
さて本題。
モモは高級住宅街に行き、ジジの家を探した。
「おい、そこのうすぎたない子ども!」
金持ちの召使から呼び止められるような事態となったが、ジジが「有名な物語作家ジロラモ」となって高級住宅街に住んでいることをなんとか突き止めて、その豪邸にたどりつく。しかし豪邸は高い塀で囲まれ、門は鉄板で、表札も呼び鈴もない。本当にここがジジの家なのかと疑うモモ。
「マチナサイ!」
甲羅に浮かぶ光文字で伝えるカシオペイア。
ここでカシオペイアはじつに不可解な行動をする。なんと目の前にいるモモに向かって「アナタヲ サガシニユキマス!」と伝えてその場を去ってしまうのだ。
ここまで「モモ」を読んできた読者は「カシオペイアは30分先までに起こることなら、前もってわかる」という特赦能力を知っている。はて、モモの30分先の未来になにかそういう事態が発生するのか……とこちらは不安になるのだが、その未来をあれこれと推測する間もなく、突然に鉄板の門が開く。轟音と共に走り出てきた高級車。慌てて脇に飛びのくモモ。急停止する車。じつになんというか映像的に迫力満点のシーンだ。
車から飛び出してきたジジ。彼はモモを抱き上げてキスをする。
読者としてはこうしたモモとの劇的な再会で、彼は「元のジジ」に戻ったのか、と一瞬期待してしまうようなシーンだ。
しかしそうではなかった。彼は空港に急いでいた。高級車から降りてきた4人(運転手 & 女性秘書3人)に急かされて再び車に戻り、モモを膝に置いて話をしようとした。ところが走行中の高級車内では、秘書3人が(入れ替わり立ち替わり)うるさくジジに語りかけ、モモをなにかに利用するべきだと提案する。
「やめてくれ!」
怒り爆発のジジ。
「モモをひっぱりこんじゃいけない!」
空港に急ぐ喧騒の高級車内で、ジジは(自嘲するようにちょっと笑い)モモに語りかける。
「もどりたくても、もうもどれない。ぼくはもうおしまいだ」
この衝撃的な告白。「モモ」は児童文学だが、大人でもこのシーンにはゾッとするものがある。私はこのシーンのジジの告白がもっとも心に突き刺さった。
「ぼくはもうおしまいだ」
いかなる悲しみが、こんな言葉となって発せられるのだろう。
しかし結局、ジジは「もう元に戻れない」とあきらめている。(秘書たちのあくなき邪魔により)モモとゆっくりと話もできないまま、車は空港に到着する。ジジは「このまま一緒に来てくれ」とモモに懇願するのだが、モモはどうしてもその気になれない。彼女は首を横にふる。
モモの気持ちを察したジジ。彼は秘書たちに連行されるようにして飛行機に向かって行った。
モモはジジと会っているあいだじゅう、とうとうひとことも口をきけませんでした。(原作)
✻ ✻ ✻
「モモ、ひとつだけきみに言っておくけどね、人生で一番危険なことは、かなえられるはずのない夢が、かなえられてしまうことなんだよ」(ジジ)
【 つづく 】