エドガー・アラン・ポー【アッシャー家の崩壊】(12/最終回)

【 音響による怖がらせ効果 】

前回の魔談では「アッシャー家の崩壊」クライマックスシーンにおける音響効果の話をした。
ホラー映画でも「怖がらせ効果」として音響が果たす役割は非常に大きい。ただホラー映画の場合、ことにB級C級で頻繁にやられて「おいおいそれはないだろ。もういい加減にそれはやめてくれよ」とウンザリするのは、シーンとさせといていきなりガァッと来るヤツ。これはもう本当にムカつく。
この手の怖がらせ方というのは背後からいきなりドンッと背中を突かれるようなもので、「怖い」というよりも「びっくりさせる」効果でしかない。「芸がない」というか後味が悪い。1時間半の1作品につき1回ぐらいならまあ(ホラー映画にありがちな味付と考えて)許そう。しかしクライマックスでもないのに2回も3回も続け様にこれをやられると「おいっ」てな気分になる。「テメッ・コノッ・フザケルナッ」気分となる。忍耐強い私の友人はそれでも我慢に我慢を重ねて最後まで見届けようとするが、修行が足らん私は到底我慢できない。さっさと停止ボタンを押してしまい、なおかつ「なんて映画だ。最低だ!」なんて毒づく結果となる。

…‥とここまで書いてきてふと思うのだが、小説における音響描写は、映画のようにその音響が直接に読者に到達するわけではない。読者は文字を追ってその音響を想像するしかない。ということは、その音響が想像できない場合はお手上げだ。経験が乏しい、あるいは想像力が乏しい人は「わからない。面白くない」という結果になってしまう。とどのつまりは自身の経験不足や想像力欠如を棚の上に放りあげて「本なんてつまらない。時間の無駄」なんて結論となる。
かくして本は閉じられ、なにもかも手元のスマホで簡単に調べて簡単に忘れ、友人知人その他大勢から寄せられたゴミのような瑣末情報に一喜一憂して日々を過ごす。さてそんな10代20代は、50代60代になったらいったいどういう人間になっているのですかね。なんて私は少々心配になってしまうのだがあなたはどう思うだろうか。

【 ラストシーン 】

さて本題。
語り手は「狂える会合」を朗読しつつ「屋敷内から響いてくる奇怪な物音」が気になってしかたがない。しかも彼はロデリックのために朗読しているのであって、その視線は本の文字を追いつつその一方でロデリックの様子を観察している。耳は恐怖を感じ、声は別世界の恐怖(ドラゴンと対峙する恐怖)を伝え、目は文字とロデリックの異様な様子を行き来している。なんとまあ、あれこれと忙しい恐怖だ。そのロデリックは……

彼は私に向きあった位置から、その部屋の扉の方に顔を向けて腰をかけられるように、少しずつ椅子をまわしていた。だから私にはほんの一部分しか彼の顔が見えなかった。ただ聞きとれないほど低く呟いてでもいるように唇が震えているのが見えた。頭は胸のところへうなだれていたが、横顔をちらりと見ると眼は大きくしっかり見開いているので、眠っているのではないことがわかった。体を動かしているということも、眠っているという考えとは相容れないものであった。(原作)

ロデリックは扉に注目し始めている。なぜか。このあたりを想像するとじわっと恐怖が襲ってくる。ロデリックは明らかに「屋敷内から響いてくる奇怪な物音」の正体を知っており、なおかつそれがやがて扉に到達することも予想しているのだ。迫り来る恐怖についに耐えられなくなったか、ついにロデリックの告白が始まる。

前から聞えていたのだ。長い……長い……長いあいだ……何分も、何時間も、幾日も、前から聞えていたのだ……が僕には……おお、憐れんでくれ、なんと惨めなやつだ!……僕には……僕には思いきって言えなかったんだ!僕たちは彼女を生きながら墓のなかへ入れてしまったのだ!僕の感覚が鋭敏なことは前に言ったろう?いまこそ言うが、僕にはあの棺のなかで彼女が最初にかすかに動くのが聞えた。幾日も、幾日も前に……聞えたのだが僕には……僕には思いきって言えなかったのだ!(原作)

かくしてドアは開き、マデリンの再登場。
あなたはこの結末を知ってましたか。中学校の図書室とかでポーを借りてきてこの「アッシャー家の崩壊」を読んで震え上がった人なら、「ああそうそう。こういう悲惨な結末だったな」と若干の余裕気分で改めて思い出すシーンだろう。しかし初めて読む人にとっては、このシーンは生涯忘れられないほどの震撼を味わうに違いない。

彼女の白い着物には血がついていて、その瘦せおとろえた体じゅうには、はげしくもがいたあとがあった。しばらくのあいだ、彼女は閾のところでぶるぶる震えながら、あちこちとよろめいていた。……それから、低い呻き声をあげて、部屋のなかの方へと彼女の兄の体にばったりと倒れかかり、はげしい断末魔の苦悶のなかに彼をも床の上へ押し倒し、彼は死体となって横たわり、前もって彼の予想していた恐怖の犠牲となったのであった。(原作)

あなたがここに居合わせた語り手だったら、どうします?
「いや私だったらマデリンを止めに入る」なんて人がいるだろうか。もしいたら拍手ものだが、やはり無理でしょうな。
かくして語り手は恐怖のあまり夢中で逃げ出す。どこをどうやって逃げたのかわからないままに逃げ、ついに屋敷の外に走り出る。そのような状況で迷路のような屋敷からよく外に逃げ出せたものだと感心するが、なんとか屋敷から外に出て、屋敷を背にして夢中で土手を走った。すると……

道に沿うてぱっと異様な光がさした。私の背後にはただ大きな家とその影とがあるだけであったから、そのようなただならぬ光がどこから来るのかを見ようと思って私は振りかえってみた。その輝きは、沈みゆく、血のように赤い、満月の光であった。月はいま、その建物の屋根から電光形に土台までのびていると前に言った、以前はほとんど眼につかぬくらいだったあの亀裂をとおして、ぎらぎらと輝いているのであった。(原作)

なんと地震が発生したかのように屋敷の亀裂が一気に拡大。屋敷は真っ二つに割れて崩れ落ち、沼の中になにもかもがズブズブと沈んでいくのだ。非常に「映画的な」というか映像的なラストシーンだ。ただ茫然とその凄まじい惨劇を見守る語り手の後ろ姿が目に浮かぶようだ。彼の前面、沼の向こうには「血のように赤い満月」が、なにかの象徴のように浮かんでいる。「END」の文字。息を呑むようにして観ていた観客たちが一斉に漏らすため息。

【 完 】


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