【 愛欲魔談 】(5)痴人の愛/谷崎潤一郎

【 秀吉 】

いまひとり、「少女をわがものにし/自分好みに養育し/その成長を楽しみ/うまく行ったら妻(または愛人)にしてしまう」という身勝手な男がいた。秀吉である。日本史上類を見ないこの男の立身出世ぶりは幾多のエピソードを後世に残しているが、こんな話を聞いた(なにかの本で読んだ)記憶がある。たぶん信長配下の有能な武将として活躍していた時代のエピソード(というよりも笑い話)だろう。

武将たちが集まる席で「秀吉殿は女好きで有名だが、稚児の方はどうか」という話題が出た。つまり少年愛もしているのかという話題である。
あっ、あなた、思わず眉をひそめましたね。しかしこれは決して両刀使いの変態なのではなく、この時代の武将たちの間ではごく当たり前の風習だったのだ。武田信玄も、上杉謙信も、織田信長も、いわゆる「小姓」をそばに置き美貌の少年を愛でている。

ところが秀吉にはそうした小姓の話が全くない。そこで武将たちはよからぬ相談をし、近頃その美貌ぶりで有名な少年を呼び出し、秀吉の目が届くところに控えさせた。果たして秀吉はハッと息を飲むようにしてその少年を見つめ、手を引くようにして奥に連れて行った。

武将たちは「さもあろう」といった感じで笑っていたが、少年はあっという間に帰ってきてしまった。武将たちは「こはいかに」(これはいったいどうしたことか)と驚き、「秀吉殿はなにか言ったか」と少年に聞いた。すると少年は「はい」と答えた。秀吉は「お前に女兄弟はいるか?」と聞いたそうである。

さてその秀吉。わがものにした少女はお茶々、後の淀殿(1569 〜 1615)である。
信長の妹「お市の方」は絶世の美人だったらしい。秀吉にとっては「高値の花」どころか「天界の花」といったところだろうか。
歴史小説では「なんとか出世して我がものに」と功を焦る秀吉が描かれるのだが、そううまく行くはずはなく、「お市の方」は浅井長政に嫁いでしまう。ところが長政との間に3人の娘を授かったものの、長政は信長に攻められて落城。長政と「お市の方」は落城と共に自害する。1583年。秀吉46歳。お茶々14歳。

なにしろ439年前の話であり「この落城時にお茶々を見た秀吉が(あまりにも「お市の方」と似ていたため)たちまち虜になった」という通説は、実際のところはよくわからない。
ともあれ秀吉はあれやこれやの手を尽くしてお茶々を迎える。かくしてこの落城から数年後、秀吉はお茶々を側室にするのだ。お茶々は後に淀殿(よどどの)となるのだが、秀吉亡き後、家康に攻められて大阪城で自害する。享年46歳。

【 モダンガール 】

さて本題。
前回、河合譲治(主人公)が15歳のナオミに夢中となる話をした。谷崎は、なぜ小説文中でその少女を「ナオミ」とカタカナで書くのか。ここに河合の趣味というか趣向というか、そういうものが濃厚に現れている。河合はじつは当時で言うところの「ハイカラ」好きで、洋画好きで、西洋美に強く引かれる男なのだ。浅草「カフェ・ダイヤモンド」で見習い女給として働いていた少女に目をつけ、その名前が「ナオミ」だと知った瞬間に、「素敵な名前だ!西洋的だ!」と彼の愛欲ボルテージが一気に跳ね上がったのだ。

ナオミといえば、確かに外国人女性でそういう名前を何人か聞いたことがある。映画女優ではイギリス出身でナオミ・ワッツ(1968-)がいる。「キング・コング」(2005年)で「37歳のヒロイン」と話題になった女優だ。

「ハイカラ」好きの河合が当時、夢中になって観ていた洋画ではメアリー・ピックフォードという女優がいた。1910年~1920年代に活躍したハリウッド女優である。37歳でキングコングに拉致される女優も珍しいのかもしれないが、こちらもまた実際の年齢よりもかわいらしく見える女優で「アメリカの恋人」と評されるほどだったらしい。(↓)

谷崎がこの話を大阪朝日新聞で連載し始めたのは1924年(大正13年)。まさに「大正時代の終わり/昭和時代の幕開け」という時代なのだが、その頃、日本の街の巷では「モダンガール」と呼ばれる女性たちがドッと増えた。彼女たちがお手本としたハリウッド女優がメアリー・ピックフォードだったのだ。

面白いことにこの時代の「西洋女をお手本にして美人になりたい」という願望というか風潮。それはその後の日本においても、じつに長きにわたり脈々と受け継がれている。少女漫画では「お目々ぱっちり」のスラッとしたキャラクターがあふれ、リカちゃん人形など玩具の世界でも金髪や銀髪の西洋人体型が好まれた。そして現在、Facebookでは「金髪・銀髪・ムラサキ髪/異常に大きくキラッキラの目」の少女たちがあふれている。

ところでこのナオミにはモデルがいたと言われている。
葉山三千子(はやまみちこ/1902年 – 1996年)。
なんと谷崎の妻・千代の妹である。この三千子がまた日本映画の女優なのだ。谷崎は千代との結婚(1916年)と同時に三千子(当時14歳)を引き取っている。「ナオミのモデル」と言われているほどの女性なので、結婚したばかりの谷崎とどういう関係であったのか、「推して知るべし」である。小説もさることながら、私生活における愛欲関係もまああっぱれというか、複雑怪奇・グチャグチャの愛欲から作品を生み出す作家だったのかもしれない。

つづく


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