第16章【 ゆたかさの中の苦しみ 】
なかなか意味深な章タイトルである。この章における「ゆたかさ」とはなんだろうか。なぜその中に「苦しみ」があるのだろうか。
文中にその答えはないので、物語を追いながら様々に想像するしかない。様々な解釈があっていいように思う。ひとつには「灰色の男たち」の画策により、時間を奪われ仕事が増し、経済的には豊かになりながらも「忙」、すなわち心が荒んでしまった人々の苦しみがある。
いまひとつはモモの苦しみだ。これもまた「灰色の男たち」の画策により、モモを徹底的に孤独に追い込み、有り余る時間を与えておきながら、誰とも満足に話ができない状況に追い込んでしまうことだ。じつに狡猾にして陰険な作戦だ。
● ジジ……かつては「口から出まかせ」のストーリーテリングを楽しむ陽気な観光ガイドだったが、今は超多忙有名作家。
● ベッポ……かつてはマイペースで納得のいく仕事をしていた老人だったが、今は超過酷ノルマに苦しんでいる道路掃除夫。
● ニノ……かつては夫婦でのんびりと居酒屋をしていたが、今は超多忙のファストフード経営者。
● 子どもたち……かつては円形劇場で空想に満ちた「ごっこ遊び」を楽しんでいたが、今は強制的に「子どもの家」と名付けられた建物で教育を受けている。
● カシオペイア……モモを導いてマイスターの「どこにもない家」に連れていったカメ。「アナタヲ サガシニ ユキマス」という謎のメッセージを残して、モモの前から去ってしまった。
……というわけで、(カシオペイア以外の)モモが大事にしてきた友人たちは、片っ端から「灰色の男たち」の術策にかかってしまったことがこれでわかる。円形劇場に来ることはおろか、モモの前から遠ざけられてしまったのだ。「灰色の男たち」はこの方法が最もモモにダメージを与えることをちゃんと知っているのだ。
ジジと別れたモモは、道路掃除夫ベッポを探しに行く。街のあちこちで探し回ったり(ベッポがたまたま通りかかるのを)待ってみたりする。しかしどうしても会うことができない。
孤独というものには、いろいろあります。でもモモの味わっている孤独は、おそらくはごくわずかな人しか知らない孤独、ましてこれほどのはげしさをもってのしかかってくる孤独は、ほとんどだれひとり知らないでしょう。(原作)
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以下余談。
「孤独」をサブテーマにした映画は意外に多い。ハリウッド映画も「孤独の戦い」はお得意だ。やはりアメリカ人の好みとして「誰も助けてくれない孤立無援でも断固として戦い、ついに勝利する」という筋書きが大好きなのだろう。私の映画収集棚(約350作品)をざっと見渡しても「これは孤立無援をサブテーマにした戦いの映画だな」と思われる作品がいくつかある。かなり偏った収集(笑)なので実際はもっとあるだろうが、以下の「孤立無援映画・北野BEST5」作品は文句なく面白い。興味のある方はぜひ御覧いただきたい。
●「逃亡者」……ハリソン・フォードの超人的なヒーローぶりは「インディー・ジョーンズ」シリーズでお馴染みだが、この映画の逃亡ぶりはじつにリアル感が全編に貫かれている。妻殺しの容疑で死刑判決となってしまった医者。刑務所に護送される途中で、なんと脱走。警察に追われる身でありながら、妻を殺した男を特定しようとする執念はじつに見事。
●「交渉人」……警察の人質交渉人を演じるのはサミュエル・ジャクソン。彼は罠にはめられ、警察の同僚殺しで裁判にかけられる。進退極まり、身の破滅を予想した彼は、なんと警察ビルに立て籠もり職員を人質にとり、別の交渉人(ケビン・スペイシー)を指名。この「交渉人vs交渉人」の駆け引きがじつに素晴らしい。
●「アイ・アム・レジェンド」……荒廃したマンハッタン。人類最後の生き残り?……といった感じで登場するのがウィル・スミス。じつに素早い動きで次々に襲ってくるゾンビ(というよりもミュータント)が恐ろしく怖い。
●「オデッセイ」……なにしろミッション失敗で死亡したと見なされ「火星にひとり、残されちゃった」というのだから、これほどすごい孤独は滅多にない。「じつは生きてました」の男を演じるのはマット・デイモン。「なにがなんでも地球に帰る」執念を見習いたい。
●「ゼロ・グラビティ」……シャトル大破。宇宙空間に放り出された女性エンジニア。そんな状況でどう助かるの?……という驚異的な話。それでもなにがなんでも地球に帰ろうとするサンドラ・ブロック。いや大したものです。
さて本題。
モモは町で3人の子どもたちと再会する。かつては円形劇場に遊びに来ていた子どもたちだ。しかし……
みんな、ようすがすっかり変わっていました。灰色の制服のようなものを着て、みょうに生気のない、こわばった顔をしています。(原作)
「灰色の制服」には思わず笑ってしまったが、モモは子どもたちと再会できた嬉しさで色々と話をしたり誘ったりする。しかし3人は結局建物の中に吸い込まれてしまう。比喩ではなくビュッと吸い込まれてしまうのだ。驚いたモモが自分も入ろうとすると、ついに灰色の男が登場。余裕の笑みでついにモモと交渉を開始する。
「おまえにちょっとばかり、やってもらいたいことがある」
この章はここで終わる。
【 つづく 】