【 ルーブル美術館 】
ルーブル美術館にはミイラが展示されている。古代エジプトのミイラである。京都芸大を卒業した友人の日本画家(私と同世代の女性)は積年の夢であったルーブル美術館に3日間かけて通ったものの、隅から隅までなにもかも観たわけではなかった。「絵画と彫刻はひととおり見て堪能したが、ミイラはちょっと……」と敬遠した。これには笑ったが「うっかりとそんなものを観てしまうとそれが頭に焼きついてしまい、他の名作の印象が飛んでしまうようで怖かった」という理由はよくわかる。
試しに聞いてみたら、やはりというか、彼女はホラー映画は絶対に観ないタイプだった。笑っていると「どうしてそんな映画をわざわざ観たいと思うのか? 人が殺人鬼に殺される映画のどこが面白いのか?」という反論めいた質問が返ってきた。「人が殺人鬼に殺される映画」がホラー映画のすべてではないが、確かに真顔で質問されると、そう簡単に即答はできない。「怖いもの見たさ」の心理が確かにあるのだが、その心理はかなり複雑難解だ。
笑っていると「そもそもなんでさっさと埋めないのか」という質問が飛んできた。私は「怖いもの見たさ心理」のことを考えていたので一瞬なんのことか分からず混乱したのだが、すぐに「ああ、古代エジプトのミイラのことか」と理解した。そこで私の知っている範囲で古代エジプトの代弁をした。彼らは死者は死後もあの世で生き続けると考えたのだ。しかし彼らの考えでは「あの世で永遠に生き続ける」ためには肉体が残っていなければならない。そのためミイラにして、肉体が腐ってしまわないようにあれこれ工夫した。もちろんそのためには相応のお金がかかった。なのでミイラにされたのは王族や一部の金持ちだけだった。
「あの世で肉体を使うにしても、包帯でぐるぐる巻きにされていたんじゃどうしようもないじゃない?」
この率直な質問にも笑ったが、そこまでは私にも彼らがどう考えていたのかよくわからない。とにかく肉体が腐らず消滅せず残っていたら、なんとかなると考えていたのだろう。
【 年間60万人 】
さて本題。グアナファトのミイラ博物館。
グアナファトの文化局長がAFPに語った説明は極めてアバウトでいい加減で「あまり触れたくない件なのか」と疑うほどだ。仮にそうだとして、理由を邪推することはできる。この博物館には年間でなんと60万人の観光客が来るのだ。60万人!……単純に365日で割ると、1日に1643人という計算になる。オープンは8時間として1時間に205人!……大して大きくも広くもない「ただミイラを見せるだけの小規模博物館」にしては、驚異的な集客数だ。もしかしたらこの数字はグアナファトの他の(まともな)美術館・博物館を圧倒する集客なのかもしれない。
入場料はいくらなのか。85ペソ(メキシコペソ)を払って入場したという日本人の観光ブログがある。日本円換算で612円ほど。別の日本人ブログでは60ペソだったという記述もありどうもよくわからんのだが、まあ500円程度なのだろう。
そこで仮に入場料を500円としよう。年間で60万人が来たらどういう金額となるのか。3億円!……その税収がグアナファト当局をかなり潤しているに違いない。論議の的であり非難も浴びている「いわくつきの博物館」らしいが、文化局長としては多少苦々しく思っていたとしても、この税収を無視することができないのかもしれない。
ここには何体のミイラが展示されているのか。
「19世紀から20世紀に自然保存された100体以上のミイラが展示されている」(AFP)。また「100年前に作られた比較的新しいミイラが約200体展示されていた」と日本人の観光ブログにある。中には乳児(男)のミイラもあり、聖人の衣装をまとっているという。メキシコでは乳児を埋葬する際にこうした習わしがあるらしいのだが、100年ほど経って、掘り出して展示するというのはいったいどういう神経なのだろう。
そもそもこれらのミイラはどこから来たのか。なぜ埋葬されて100年経って、白骨にならずミイラになってしまったのか。
「展示されている遺体は1870年から2004年の間に市営墓地のスペースを空けるために発掘された。親族と連絡の取れなかった遺体が文化遺産に指定された」(AFP)と報じられている。なるほどこれでは非難も出るだろう。また日本人の観光ブログを調べると「異常な乾燥地帯で肌がヒリヒリした」「このあたりの土壌には腐敗バクテリアがないと聞いた」とある。古代エジプトのように入念な処理を施さずとも、グアナファトでは埋葬しただけでそのまま腐らずミイラになってしまうらしい。
このミイラ博物館は論議の的にもなっている。さもありなん。「これは展示ではない。見せ物だ」と非難する住民もいる。「遺体の保存状況が悪い」と指摘する学者もいる。住民の間でも意見が割れている。「自分の親戚が展示されていたらどう思うんだ」と非難する住民もおれば、「ミイラになった自分の遺体が展示されていたって構わない」という住民もいるそうだ。にわかには信じがたい話だが、メキシコにはそういう人もいるのだろう。
(余談)
日本人の観光ブログに曰く。
「出口には、名物のミイラ飴を売るお兄さんが待ち構えていた」
ミイラ飴!……いったいどんな味なんだろう(笑)。
【 完 】