【 魔談494 】ヤギジイ(1)

【 孤 独 派 】

「叡山魔談」終了にあたり、全編を読み直してひとつ気がついた点があった。
【 魔談474/叡山魔談・山のしきたり 】で私は以下のような話をしている。


なんとも味気ない食事風景であり、8歳の少年の目には「まるで刑務所やな」と思った記憶がある。もちろん8歳で刑務所の食事風景など知るはずはないのだが、じつは実家の近所に住む老人(ヤクザから足を洗った朝鮮人)から刑務所生活の話を聞いたことがあった。脱線の上に無軌道暴走をしてしまうので、ここではその話は割愛する(いずれゆるりと語りたい)が、私は両親から固く禁じられているにもかかわらず、時々その老人の家に(こっそりと)遊びに行っていた。彼の話が面白かったからだ。


というわけで「さて次の話」という意欲もあるのだが、この機会に上記の老人談を(叡山魔談外伝的に)6回にわたって語り(494〜499)、【 魔談500 】から新しい話を始めたい。

さて当時。8歳の私が捕虫網を振り回して走っていた野原には線路があり、ときおり「カンカンカン」と警笛を鳴らす踏切があり、電車が走っていた。私にとってそのあたりの野原はまさに「マイガーデン」だった。どのあたりにモンシロチョウが飛んでいるか、どのあたりで待ち伏せしているとアゲハチョウが飛来するか、そうしたことに精通していた。

ところでその当時、捕虫網を振り回して蝶やらバッタやらトンボやらを追いかけていた御近所少年たちは2派に分かれていた。簡単に言えば孤独派と集団派である。私は孤独派だった。集団を嫌っていたわけではない。「集団から嫌われていた」のだ。

私は普通の子よりも色素が少々足りない子だった。そのため肌が白人のように白かった。顔も白かった。新年会で親族が集まって酒宴となったとき、酒に酔った叔父が赤い顔で私に言ったことを今でもよく覚えている。
「女の子に生まれたらよかったのになあ。女の子やったら、そらようモテたやろに」
しかし私は女の子になりたいとも、モテたいとも思わなかった。女の子は虫を追いかけたりしないし、「モテたい」という願望は、率直に言って当時の私にはまだよくわからなかった。

「日に焼けたらいいじゃん」といまあなたは思ったかもしれない。実際、少年時代の私は(自分の肌が白いのが嫌で)何度かそれを試している。しかしだめだった。日に焼けた部分は普通の子のような日焼けにはならなかった。真っ赤に腫れ上がった。痛いのなんの。とても耐えられるものではなかった。

近所の子たち(特に私よりも数歳上の男子たち)は当然ながらそんな私をからかった。「おい、白人」とか「おい、そこの外人」とか呼ばれた。そんなひどい言葉に振り向いてしまった後で、じわっとくる悲しさ。……これはもう経験した人でないとわかるまい。
そのようなコンプレックス、自分の努力ではどうにもならないコンプレックスを抱えた少年時代は、私の性格に複雑な影を落とした。その結果、私は弱者の気持ちを理解できる青年になった。その後69歳という現在に至るまで、社会的地位よりも内面的な方向を探求しようとする男になった。幼年期のコンプレックスこそが、私という人間を形成したのだと思っている。

話を戻そう。ひどい言葉でからかわれた私は次第にそうした言葉を無視するようになった。黙ってその子(私をからかった子)を睨みつけるようになった。そんな子が御近所集団でうまくやっていけるはずがない。集団からはみ出た孤独な少年にとっては、虫を相手に走り回っている時間がもっとも充実していた。

そんな私にも声をかけてくれる老人がいた。
「知らない人から声をかけられても、返事しちゃダメよ」と母からは常々注意されていた。しかしその老人は「知らない人」じゃなかった。野原の隅っこにじつに粗末な家々が8軒ほど、お互いに寄り添うように密集した一角があった。その家々の一番端っこに住んでいる老人だった。彼はそこに住む人々から「ヤギジイ」と呼ばれていることも私は知っていた。ガリガリに痩せ細った老人で、細い顔の尖ったアゴに白いアゴヒゲをモシャモシャと伸ばしていた。

ヤギジイは自分の小屋のすぐ脇にタタミ2畳ほどの菜園を持っていた。彼は菜園いじりが好きらしく、よくそこにいて土をいじっていることが多かった。私は菜園などに興味はなかったので、なにを栽培していたのかよく覚えていない。しかし彼は私を見かけると「おおい、そこのボン」と声をかけてくれた。私が近づいていくと、プチトマトを2個くれた。私はポケットに入れていたハンカチで無造作に土をぬぐうと、そのまま口にほうりこんだものだった。自宅の食事時に食べるプチトマトとは全然違う甘さだった。

【 つづく 】


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