【 台湾魔談 】(10)

【 安全第一 】

台中で見かける台湾女性はじつに活発だ。50ccの原付バイクや原付スクーターに二人乗りでブンブン飛ばしてゆく。大抵は軽量のヘルメットをかぶっているが、ノーヘルもいる。どこで手に入れたのか(あるいはそういうデザインで売ってるのか)「安全第一」ヘルメットをかぶってる娘を2カ所で見かけて笑った。

じつは私もそれをやって警察につかまった。
高校3年生の時に「安全第一」ヘルメットをかぶって90ccバイクを転がしていたのだが、派出所前に立っていた警官につかまって大目玉をくらった。免許証を見せて(その時点で)無違反だったので減点・罰金にはならなかったが、工事現場ヘルメットは没収の上「家までバイクを引いていけ」という非道命令だった。私は1時間ほどかけて家までバイクを引いて帰った。「この数日のうちにヘルメットは取りに来い」という命令だったが、二度とその派出所には行かなかった。

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さて台中。交差点での信号待ち光景がすごい。最前列に並ぶのは20台30台のバイクだ。二人乗りや大荷物で荷重負担の走行をしているせいか、どの原付からも吐き出される排気ガスの量がやばい。交差点のあたりはもうもうと立ちこめる排気ガスで信号の向こうがよく見えない。バイク女性はみなマスクをしている。このマスクのデザインがえぐい。赤青のストライプだったり、ヘビのウロコだったりする。

以前、台湾に住む友人に「台湾の人はバイクが好きだねぇ」と言ったことがある。
友人はビールを飲みながら平然とした表情で答えた。
「とにかくこっちの人はオモチャとか、コンピュータとか、遊園地とか、なんか人工的なものがやたら好きだねえ」
よくわからんが、そういうことらしい。

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街をあちこち歩き回って書店を捜し求めたが、結局、地図を入手することができなかった。
夕暮れが迫った。疲れ果てて路地の奥に4台ほど並んでいる屋台のひとつに座った。牛肉麺と餃子を食べ、350cc台湾ビールを2缶飲んだ。牛肉麺はさっぱりした味でうまかった。餃子もシャンツァイの味をがまんすれば、まあまあうまかった。

夜になった。商店街のイルミネーションが華やかになったが、いたるところで停電が頻々と起きている。街を歩き、商店街がひしめく路地に入っていくと、あちこちの店でバシッと照明が消える。そのたびに店員は大あわてで走り回り、通行している女性がゲラゲラと笑う。バシッ、ゲラゲラ、バシッ、ゲラゲラ。じつにくったくがない。

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【 想定外 】

憂うつな気分を抱えてホテルに戻った。地図のことはフロントの無愛想な老女に聞くしかない。ところがフロントに老女はいなかった。かわりに中学生ぐらいの少女がちょこんと座って小型テレビを見ていた。なんとなくホッとする。
笑顔を作り、「台中市地図」と書いた手帳を彼女に見せた。彼女は目を丸くしてしばらく私と手帳を見比べていたが、コクンとうなずくと、席を立って奥の部屋に入った。

しばし待つ。なかなか戻ってこない。あちこち探しているのかもしれない。
そうこうするうちに玄関から若いカップルが入ってきた。男の方が早口に話しかけてきたが、さっぱりわからない。私は自分の胸に親指をむけて「リーペンレン」(日本人)と言った。

男はなにやら狼狽した様子で、「リーペンレン」とつぶやいたきり黙ってしまった。女の方はずっとうつむいている。ははあ、と思う。彼らは「休憩」にやってきたのだ。一刻も早く手続きを迅速にすませ、部屋に急行したいにちがいない。気持ちはわかるがどうしようもない。
男はイライラした様子でなにか独り言をつぶやき、女はずっとうつむき、私は所在なさに天井をにらんだ。黒くにじんだシミがのたうち回る龍のように見える。

やっと少女が出てきた。私は地図を受け取ることができたが、ふと少女を見ると白いひたいにぐっとしわを寄せ、なにか大声でわめきながら男を指差している。男はまたもや大狼狽の様子だ。なにが起こったのかさっぱりわからないし、わかろうとも思わないが、どうやら男にとっては「想定外の事態/二度目の受難」といったところか。

階段を上がった。
妙な匂いがする階段だと思ったら、途中に干した魚が4匹ほどつるしてあった。

……………………………………    【 つづく 】

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