【 小さなホテル 】
タクシーを降りると目の前に目指すホテルがあった。じつにラッキーで迷うことはなかった。
じつは夕闇が迫っていることでもあり、それが一番気がかりだった。夜に突入する時間帯に、地図を見ながらホテルを探してパリ市街をうろうろと歩きまわる。それはなんとしても避けたかった。ガイドブックにも「夜間の外出は要注意。ひとりで歩くのは危険」と書いてあった。
さてそのホテル。そこはホテルというよりも「小さな雑貨店」みたいな店構えだった。青く塗られた木のドアの上部に「Hôtel」と看板がなければ、つい見落として通りすぎてしまいそうなホテルだ。看板の左右には看板を照らす小さな金色のスポットライトが設置されていたが、右側のスポットライトは電球が切れているらしく、輝いていなかった。
看板の上を見上げた。びっしりと隙間なく続いたベージュ色の石造りの建物群に、はめ込まれたように建っている5階建ての(横よりも縦の方が長い)ホテルだった。左右の建物も5階建てだったが、左右の建物の方がホテルよりもずっと大きい。ホテルの2階から上は、それぞれの階に窓が3つ。合計12の(縦に細長い)窓が並んでいた。
「なんとまあ、かわいらしいホテルだ」と思った瞬間に、ふと旅行代理店・店長の穏やかな顔が脳裏をよぎった。「彼は晩年のマルチェロ・マストロヤンニ(イタリアの男優)と、ちょっと似てるよな」とふと思った。このツアーが終了して無事に帰国できたら苦情方々、あの店に行って思いっきりごねてやろうと思った。インスタントコーヒーの一杯も出るかもしれない。
「そうだそうだ。彼の娘とかが自分の足で調べて交渉したプチホテルだとか言ってたな」
確かに20人だの30人だのを連れて行くような大きなツアーでは、まず相手にしないようなホテルだ。
フランス時間に調整した腕時計を見た。午後7時前。街のショーウィンドウは「いかにもクリスマスシーズン」といった装飾で輝き初めていた。
ふと気がついた。そうか僕はクリスマスシーズンにパリに来て、シーズン本番前にパリを出るわけだ。
「本番の夜を見たかった」といったちょっと残念な気分だった。しかし「本番」を組み込んだスケジュールだったら、まず「10日間15万円」という格安ツアーは無理なんだろう。同じパリに行くにしても、いいシーズンとそうでもないシーズンでは往復の飛行機料金が全く違う、とガイドブックに書いてあった。いまさら文句を言うつもりもないが、旅行代理店の店長は娘と相談して、絶妙の「パリ格安期間」を設定したのだろう。
ホテルの青いドアが開き、ひとりの婦人が出てきた。彼女は私を見ると微笑し「ボンジュ〜」と声をかけてくれた。その(極めて自然な)笑顔といい、綺麗な発音の「ボンジュ〜」といい、これもまた「日本じゃありえんな」と思いつつ、私も笑顔を返して挨拶した。

青いドアのノブを回してホテルに入ると、白髪痩身の老人がカウンターの向こうに立っていた。鼻が赤い。カウンターにはワイングラス。「赤」がなみなみと入っている。
「ひゃー。日本じゃありえんな。フロントで飲んでる? まるでバーのカウンターだな」などと思いつつ「ボンジュ〜」と挨拶。彼も笑顔で「ボンジュ〜」と返した。カウンターの端に行ったと思ったら、なんと新しいワイングラスと「赤」のボトルを持ってきた。
「ひゃー。フロントに来ただけでまずは飲めってか? まさに酒飲み天国だなここは」などと思いつつ「Merci beaucoup」(メルシー・ボクー)と御礼を伝えた。ただの「メルシー」よりも丁寧な御礼を伝えたい時にはこのように言うらしい、ということは知っていた。
……ところが。
この「赤」がまたびっくりするほど美味かった。ひとくち軽く飲んで驚き、思わずカウンター上のボトルを見た。いわゆる「フルボディ」と呼ばれる「最も濃厚な赤」だろうか。大して高級そうには見えなかったが、それにしても「赤」特有の苦味といい、ほのかな甘味といい、「日本じゃちょっと飲んだことがない赤だな」と思うほどに美味かった。笑顔で「うんうん」と老人にうなづき、名前を伝えた。
彼もまた笑顔でうなづき、淡いグリーンの紙を出してきた。当然ながら全部フランス語。しかしその下に小さな文字で英語も添えられていた。問題なく記帳できてホッとした。
すぐにキーをくれた。301。なるほど3階か。
「チャイニーズ?」と聞いてきたので、
「ノン。ジュ・スュイ・ジャポネ」(日本人です)と答えた。
「オオッ」と彼は喜び、両手を広げて「ヒロシーゲ!」と言った。
一瞬、なんのことかと思った。「広島?」と思ったが、次の瞬間に「ああ、広重か」と悟った。
少し後にわかったことだが、カウンターの老人はこのホテルの経営者で、いわゆる「日曜画家」だった。浮世絵が好きで、特に広重が好きらしい。ちなみにゴッホも広重の作品を模写している。
【 つづく 】

