【 魔のコイン 】( 短編魔談 2 )

【 メキシコ金貨 】

「魔のコイン」といえば、あなたはどんなコインを思い描くだろうか。「呪われたコイン」だろうか。ありがちな物語設定としては、そういうのは金貨でなければならない。燦然と輝く金貨をあなたは手にして眺めたことがあるだろうか。私はある。友人でコイン収集を趣味にしている男がいるからだ。あるとき彼は言った。「なんか見たいコインがあるか?」そこで私は言った。「本物の金貨を見たい。セルロイドの板にはさまったのとか、そういうのじゃなくて、じかに手で触ってみたい」

すると彼は鼻の先でフフンと笑うような独特のドヤ顔で「いいだろう。見せてやる」と言った。私は大いに期待したのだが、彼が私の手の平にひょいと載せてくれたのは、なんとまあ小さなかわいいコインだった。直径10mmぐらい。メキシコ金貨で、インディアンの横顔が彫ってある。
「これでいくらぐらいの価値?」
「まあ、8000円ぐらい」
それを聞いて見直した。さすがは金貨。こんなちっぽけなコインでも、その価値は千円札8枚。日本の500円銀貨なら16枚。とはいえこんなかわいい金貨では「呪われたコイン」などという「いわくつきの魔のコイン」にはなりそうもない。やはり日本の500円硬貨ぐらいの堂々たる金貨を手にして眺めつつ、おぞましい金貨物語を編み出してみたいものである。

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【 ある日どこかで 】

さて本題。
今回の「魔のコイン」は呪われたコインの話ではない。第一、そんなものが現実にあるのかどうかさえ、私は知らない。映画の話をしたい。怖い映画ではない。なので「魔談は怖い話でしょ?……だからイヤッ」と思いこんでいるあなた。今回は大丈夫(笑)。ホラーどころか(珍しく)甘くせつない恋愛映画の話である。

「ある日どこかで」(Somewhere in Time/1976年・アメリカ映画)は御存知だろうか。
私は洋画が大好きだが、どちらかというとハードな映画が好きで、ラブストーリーはほとんど興味ないし、観ないし、知らない。しかしこの映画は別格である。なにしろシーンが美しい。なにしろ音楽(ジョン・バリー)がせつない。

いまこの瞬間もこの映画の話を始めただけでもう、この映画の主題曲がどこからともなくかすかに流れてくるような気がする。ああいいなあ、やはりこの曲はいい。そう思ったりする。今宵深夜、ハンカチを握り締めてもう一度観ようか。そんな気分になってしまう。今まで何回観ただろう。数えきれない。私にとって「ある日どこかで」はそういう映画である。

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さてこの物語で、なにがどう「魔のコイン」なのか。ここは慎重に説明したい。「あなたはこの映画を知らない」という設定で話を進めよう。
たとえば男性諸君。あなたは独身のアメリカ人で、売れっ子脚本家で、彼女と別れたばかりで、しかもスランプになってしまった。そこで1980年のある日、気分転換を兼ねて愛車で数泊のドライブに出た。ゴミゴミした街を抜け出し、気分良い湖畔脇の古風なグランドホテルに泊まった。そのホテルには歴史があり、展示室に入った。そこでハッと心を惹かれる女優の写真を見る。たちまちその女優の虜になってしまう。しかし調べてみると、その写真は1912年のものだった。つまり68年前。

「うわっ、美人だなぁ。魅力的だなぁ。しかし68年前」
普通はそれで話は終わってしまう。しかし彼はあきらめない。なんとしてもこの女優に会いたい。いや正確に言うと「この女優に会いたい」ではなく「この写真当時の女優に会いたい」と願望が募り、ついに時空を越えてその女優に会いに行こうとするのだ。
「えっ?……タイムマシンでも作ったの?」とあなたは思ったかもしれない。しかしこの映画の時空ジャンプはタイムマシン登場ではない。いわゆる「タイムリープ」なのだ。

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「タイムリープ」という言葉を御存知だろうか。ファンタジー小説で「時間跳躍」と表現されているのを見たことがある。タイムマシンなどのメカを使って科学的に論理的に時空を越えるのではなく、超能力とか、超常現象とか、突発事故とかで時空を越えてしまうという設定だ。「時をかける少女」といえば、この小説や映画を知っている人にはすぐにピンと来るだろう。

さて「ある日どこかで」。
詳しく説明できないのがもどかしいが、主人公の脚本家(クリストファー・リーブ)は本気になって68年前に行こうとする。1912年当時の服を探して購入し、当時使われていたコインや紙幣も用意する。そして一種の「思いこみ」により、時空を越え、1912年のグランドホテルに行ってしまう。よく「あの人、思いこみ、激しいよね」と笑ったりするが、思いこみもここまで激しく機能するとあっぱれである。

かくして彼は1980年から1912年にタイムリープする。目指す女優とついに出会う。彼女もまた「いずれ宿命の人が私の前に現れる」と一種の予感めいたものを以前から抱いていたので、「この人がきっとそう」と。

ふたりはたちまち恋に落ちる。当然ながら彼は1980年から(自分の肉体も含めて)きれいさっぱりなにもかも痕跡を残さず消滅し、1912年に行ったきりで生涯を終えたかったに違いない。しかし彼はたったひとつのミスをする。ジャケットの内ポケットに1980年のコインが入っていたのだ。

さてそのコインがどのような「魔」と化してしまったのか。これはもう「珠玉の小品」と言われたこの映画を観て、泣いていただくほかない。ハンカチの御用意を。

追伸。
この映画に登場するエレガントで古風なグランドホテルは、アメリカのマキノー島(ミシガン州ヒューロン湖)に実在する。しかもこのホテルでは、毎年秋に「ある日どこかで」の上映会をしているという。昨年度2020年は上映会ができたのかどうかわからないが、なんとも素敵な話だ。きっとこの映画の熱烈なファンがこのホテルに三々五々集合し、静かにゆったりと上映時間を待ち、映画を観て泣き、「来年もまた、ここでこの映画を観よう」と思いつつホテルを去っていくのだろう。

…………………………………… * 魔のコイン・完 *

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