魔の絵(10)

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少年は自室に戻った。アイスキャンディーの箱を机上にポンと置き、中からアイススティック棒を取り出した。角が丸く平たい形の棒だ。その棒にサインペンで「6.10.明美」と記入した。棒を前に置いて日記を書いた。日記を書き終えると、引き出しから金属製の四角い箱を取り出した。フタを開けると、中には同じサイズのアイススティック棒がガサッと入っていた。30~40本ぐらいはありそうだ。「4.1.聖子」「5.12.仁美」「5.20.なつみ」……。少年はその箱に「6.10.明美」の棒を追加し、引き出しに戻した。

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「なんと……恋愛じゃなく、遊びだったというのか」
話の展開に、「うーん、そう来たか」とうめくような気分だった。意外な展開に心踊るような気分にはなれなかった。フランケンシュタインを持ち出したら、それをさっさと悪夢にして片づけた。新しい主人公として出て来た少年の恋愛シーンだろうと思ったら、恋愛ではなく遊びにした。まるで「こうしたら相手はきっと失望する」という悪意の展開を2回も3回も見せつけられたような気分だった。なんとも言いようのない、一種独特の、幾重にも屈折した暗い精神を感じた。「……病んでる」としか表現のしようがなかった。暗澹たる気分だった。

「こんな漫画のやりとりに、意味があるのか?」
真剣に悩む羽目になってしまった。本音を言えば、もうこんなやりとりはやめてしまいたかった。これじゃ「絵を指導」どころか、深く病んだ精神から発せられた底意地の悪さにじわじわとこちらが染まっていきそうな、そんな気味の悪さだ。手を引いた家庭教師たちも、このテの気味の悪さを見せつけられたのかもしれない。2回3回と部屋に来て会話しているあいだに、この病んだ娘は彼女たちがもっとも嫌うものを察知し、あるいは用意周到にそれを引き出し、サラリとそれを絵にして見せたのかもしれない。

なぜそんなことをするのか。自分の部屋に来た者を徹底的に憎むからだ。本当にそんなことがありうるのか。ありうるのだろう。私の場合は、その深い憎しみは「部屋に来たスケッチブック」に向けられたのかもしれない。その結果、あらん限りの悪意がそこに描かれた漫画に向けられたのだ。私の代わりに犠牲となった漫画はきっとこう叫んでいるに違いない。「愛もなくなぜ造った!」

真に「気味が悪い」とは、こういう状況なのかもしれない。ふとそう思った。具体的決定的になにかを見て「あっ」と怖がるのではなく、相手の「深い憎しみ」「病的な悪意」……そうしたものをじわじわと察知し、その相手がいま自分を見つめている。なにかをしようとしている。これほど「気味が悪い」ことはないだろう。すぐにでも逃げてしまいたくなるにちがいない。でないと、どのような厄災が自分に降りかかってくるかわかったものではない。

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さて……どうする?
制作意欲はすでになかった。「漫画のつづきを考える」意欲など、全くなかった。その夜は漫画世界の少年の行動を眺めつつバーボンを飲んだ。私が描いた少年に比べ、彼女の描いた少年には全く表情がなかった。ツルンと白い陶器のような顔からは、どのような感情も読み取ることができなかった。「たぶんこの少年と似た少女なんだろうな」と思った。酒をゆっくりと飲みつつ漫画を眺め、なにかヒラメキがあるかと期待したのだが……だめだった。なにも浮かんでは来なかった。これはもうギブアップかもしれない。こんな漫画を続ける意味はない。再びそう思った。

…………………………………………  【 つづく 】

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