【 追悼魔談 】魔の表情(4)

人間はおそらく自分が思っている以上の能力で、外界を見て情報を得ているのではないかと思う。そうでなければ「サブリミナル・テクニック」という「やってはいけない裏技」はやる意味がない。
サブリミナル・テクニックとはなにか。この言葉は「魔談」でも何度か取り上げている。「魔の点滅 4」と「魔のホテル 4」に出てくる。簡単に言えば「人が知覚できないほどの短時間に絵や画像を見せ、その人の潜在意識に植えつけてしまう」という禁じ手だ。その手段や目的を知れば「うわっ、嫌だな」と眉をひそめる人もいるだろうし、「そんなコトいちいち気にしてたら、現代社会じゃ生きていけないよ」と全く気にしない人もいるだろう。

ともあれ、前回のつづきを話したい。
私が中1で13歳だったのは1969年のことで、サブリミナル・テクニックという言葉はおそらくまだ存在しなかったに違いない。しかしこの時から数年後、1973年に公開された映画「エクソシスト」では明らかにサブリミナル・テクニックが意図的に使われている。まさにこうした言葉が生まれてくるような、大衆操作の時代に入りつつあった時期だったといえるかもしれない。13歳の私がそんな時代の暗部を知る由もないが、この時期、日記に「小面事件」と題して(2ページにわたり詳細に)書いている出来事があった。

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その日、なにげなく居間を通過して台所に行こうとした私は妙な動悸を感じた。心が微妙に緊張している。鼓動がいくぶん速くなっている。いつものように冷蔵庫のドアを開けてミルクを取り出しつつ、私にはその理由が全く分からなかった。見当もつかず「なんだ?……どういうこと?」といった感じだった。
しかしその理由は次の瞬間、衝撃的な事実として知ることになった。居間では父がテレビを観ており、画面では歌舞伎をしていた。小面の役者が舞っていたのだ。
6月の、蒸し暑い日曜日の、夕方だった。父はその時間帯にはよくビールを飲みながら相撲を観て楽しんでいることが多かったが、その時はなぜか歌舞伎をじっと眺めていた。自分のアトリエに小面を飾るような画家だから、好きな役者でもいたのかも知れない。

私は居間を通過する際、このことに気がついていなかった。「父がビールを飲みながらテレビを観ている」という状況はチラッと見て分かっていたが、テレビの画面には全く目もくれなかった。にも関わらず身体は敏感に反応した。
いまの私であれば「たぶん視界の端にたまたま小面が入ったのだろう。一瞬のことで意識はされず、潜在意識に記憶されてしまったのだろう」と推測することができる。しかし当時の私は混乱した。真剣に怖がる事態となった。

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自分の身に起こった不可解な現象。これほど怖い体験はない。
「やはりそうだ。思っていたとおりだ」と私はその日の夜に日記に書いている。「あいつはぼくに言いたいことがあるのだ。あいつはどっか別の世界からいつもぼくを見ているんだ」

いまの私にしてみれば全くの笑い話だが、当時の私は真剣だった。そのあげく、恐怖をさらに助長するような行動を起こそうとしていた。一方では「ぼくは忙しいのだ。こんなバカげたことに構ってられるか」という憤慨というか自嘲というか、そうした複雑な気分もあり、「将来に向けてがんばって勉強しなければならない」という現実のために「妙な顔の女につきまとわれている」という非現実はさっさと始末してしまいたいといった切迫感もあった。私は(ここが一番滑稽というか13歳の発想というか)一気に対決する行動に出た。
「あの女は言いたいことがあるにちがいない。……じゃあ、聞いてやろうじゃないか」と考えたのだ。聞いた結果どうなるのか。その先のことは全く考えていないという点も滑稽というほかない。具体的にはどうするのか。「会話の場をつくる。それしかない」という結論だった。

我ながら「よくもまあこんな怖いことをあえてしたものだ」と思う。私は真夜中に懐中電灯を持って父のアトリエに侵入し、椅子に腰かけて小面と対面しようと考えたのだ。部屋の電気をつけてしまったら、この行動は家族にバレてしまう。なので懐中電灯を用意した。

対面の場では懐中電灯で小面を照らすのか。これについては真剣に悩んだが、実際にやってみると、照らさないことには小面は暗闇の中に完全に溶けこんでしまい、「あのあたりにいるハズ」という見当でしかなく、むしろその方が不気味だった。なので結果としては懐中電灯は点灯した状態でサイドテーブルに置き、小面の方向を照らした。

予想したとおりこんな怖い状況はなかった。「ぼくはバカか。いったいなにをしているのか」と何度も思ったが、その一方で「もしかしてなんか言ってくるか」という期待もあった。その瞬間の恐怖と緊張は、49年が経過した今でもよく覚えている。

……………………………………   【 つづく 】

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