子供時代にこんな経験をしたことはないだろうか。
季節は夏で、時間は夜で、男が数人の子供たちを相手に怪談をしている。そういうのを楽しんでやるのは男が多い……ような気がする。女性、つまり「お姉さん」や「おばさん」が子供相手にそういうことをしている図は、私の記憶ではちょっと思い浮かばない。
……で、私の記憶にあるのは「おじさん」なのだが、彼は怖い話をしつつ、よりいっそう子供たちを怖がらせようと画策し、室内の照明を消し、右手に持った懐中電灯で自分の顔に下から光を当てている。進行中の怪談ではまだ「おばけ」も「幽霊」も登場していないというのに、子供たちは恐怖のあまりこわばった表情で、あるいは小さな両手で口元を覆いつつ「半ばおばけと化してしまった男の顔」をまじまじとみている。
男は子供たちの視線が自分の「下から光」顔に集中している様子を見た上で、話のクライマックスに一瞬の沈黙を置き、「ギャーッ!」。思いきり口をアングリと開けて叫ぶ。のけぞって尻餅をつく子、ウワーッと叫ぶ子、早くも泣きだす子、あまりの恐怖に逃げてしまう子。パニック状態の子供たちを見てニンマリと満足げに笑う男。
このような場合、なぜ「下から光」顔を人は不気味に思うのだろう。日常生活では「下から光」顔を見ることはまずない。その特異性が「不気味」という感覚に結びつくのだろうか。しかしその説明だけではどうも納得がいかない。「下から光」という状況に、我々はなにか潜在意識的に恐怖を喚起させるキーを持っているのではないだろうか。
このことについて考えてみたとき、私はそこになんらかの形で「火」が介在しているのではないかと疑っている。つまり「下から光」は「火」と結びついているのではないだろうか。火の上に平然と立つ者。あるいはそれは「地獄の業火」だろうか。いずれにしても現世の者ではない。そんなふうに想像するのだが、どうだろう。
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さて、前回のつづきを話したい。
真夜中に、懐中電灯ひとつで、小面の前に座る中学生男子。どう考えてもまともな男子ではないが、本人の真剣な希望としては「決着をつける」といった一大決心があった。なにを期待し、どう決着がつくというのか。今にして思えば肝心のそこのところが全く欠落しており「馬鹿げた行為」というか「真剣ゆえの滑稽」というほかないのだが、あえてそうした「恐怖のひとときを持つ」という非日常的な異常な秘密の行為、それを2回3回と繰り返しているうちに、徐々に心境の変化をもたらし始めたのである。
……そう、私はそれを毎晩のようにやったのだ。
「なんだ。なんも言わんじゃないか」と失望しつつ「もしかして今夜は」と期待し始めたのだ。この心境の変化、最初はただただ恐怖であったものが徐々に「楽しみ」に変わってゆくという変容は、ちょっと面白い「心理の推移」であったようにも思う。
毎晩勉強しつつ、11時ごろになると期待し始める。そして0時。
「さて、今夜の勉強はこれでおしまい。お楽しみの半時間恐怖に参ろうか」といった感じで、いそいそと懐中電灯を手に父のアトリエに忍び込み、椅子を引き寄せて座り、点灯した懐中電灯をサイドテーブルに乗せた。そして小面と対面した。
「さて今夜はどうか」と思いつつ、同時に「今夜もどうせダメに決まってる」という半ばの諦めというか、「恐怖の対象をなめてかかる少年期特有の屈折した優越感」とでもいうか、そうした心境もあった。それを毎晩やった。毎晩やっているうちに、その半時間、無言で小面を見つめているひとときはどこか宗教的な行為にも似て、私にとっては回数の経過と共に、心安らぐ時間帯と化してきたのである。
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しかし一度、ヒヤリとした一幕があった。
別室でカタンと音がしたのだ。家族の誰かが夜中のトイレにでも立ったのかもしれない。焦った私は懐中電灯のスイッチをオフにしようとしてサイドテーブルに手を伸ばし、指先で横倒しにしていた懐中電灯を突いてしまった。懐中電灯はコロンと転がってサイドテーブルから落下した。「あっ」と緊張した私はとっさに両手を伸ばし、かろうじて床に落下する直前に懐中電灯をキャッチした。冷や汗ものだった。そのままの姿勢でしばらく動かず、別室の音をうかがった。
その時に私は首を回し、ほとんど無意識に小面を見た。そして「あっ」と心中で叫んだ。床近くから懐中電灯の光を受けた小面は、見慣れたはずの顔面とは全く違う表情をしていたのだ。これは当時の私にとって戦慄すべき発見だった。
その後は毎晩アトリエに侵入するたびに懐中電灯の置き場所を変更し、様々な方向から小面を照らして楽しんだ。もっとも気に入った角度は下方からの照明だった。もっとも不気味だったからだ。
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その後、歳月は経過した。
2001年に「千と千尋の神隠し」を観た。ありありと中学生時代の「小面対面時間」を思い出すキャラクターが出てきた。「カオナシ」である。
…………………………………… 【 つづく 】
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