【 追悼魔談 】魔の表情(6)

中学生という多感にして混乱の時代、少年から青年に移行する中途半端な時代。……当時は歌舞伎にはなんの興味も知識もなく、ただ「小面」のみに執着したこの一件は、その後の人生においても「お面」や「仮面」というものに対し、(かすかに恐怖感を伴った)注目となって私の無意識に刻まれたような気がする。

当時……中学生時代の私はドロップハンドル・前輪ディスクブレーキ・5段変速という自転車を愛していた。「郷土研究」と称して京都市中を走りまわり、神社仏閣が催すお祭りを見に行った。むろん祭事や神事に興味などなく、露店や夜店が目当てである。
「天神さん」(北野天満宮の祭)や「弘法さん」(東寺の祭)などあちこちの神社仏閣で毎月のように開催される露店市に行った。とりわけ骨董市と古本市で物色するのが好きだった。
夕闇が迫るとそそくさと店じまいする露店もあるのだが、夜に入ってもハダカ電球をぶら下げて開いている夜店もあり、そのいくぶん怪しげでどこかミステリアスな雰囲気が好きだった。

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そうした楽しみのひとつに「お面やさん」があった。
居並ぶ露店の中にお面やさんを発見すると、私の心は微妙に震えた。吸いつけられるようにひとつひとつのお面に見入り、ほとんど無意識に小面を探していた。
今どきのお面屋さんはおそらくキャラクターものばかりで、小面などもはや端の方にさえないかもしれない。当時……そう、それは1970年頃の話なので、かれこれ50年ほども昔の話を語っているのかと改めて気がつき少々複雑な心境となるのだが……その頃は「キツネ」や「ヒョットコ」や「オカメ」と並んで小面をしばしば見かけた。小面の不可解な微笑、奇怪な迫力に比べるとやはり他の面はみな「イマイチ」と当時から思っていた。

やはり小面は別格だった。中学生でもその違いはわかった。「どう違うのか?」と当時の私に仮に質問したとしよう。おそらくはしばし考えた後で「じっと眺めていても飽きない。なぜか飽きない。ほかのはすぐ飽きる」と答えただろう。居並ぶお面の中でも小面だけが内包する奥行きには、当時から気がついていた。しかし露店の前に立って小面だけを半ば呆然と眺めているわけにもいかない。少し離れたところからずっと小面だけを飽かず眺めていた。

そのうちに、なんとはなしに「すごい小面」と「そうでもない小面」の差も見抜くようになった。つまり父のアトリエにいる小面の完成度は、やはりすばらしかったのだ。お面屋さんの小面には「なんかちょっとちがう」といった独自の感想を持っていた。「なにがどうちがうのか」という説明はできなかった。しかし単なる直感とはいえ、上下のレベル差は確実に把握していた。

そして2001年。「千と千尋の神隠し」でカオナシを観た時は、観客席で凍りついた。
じつはなにを隠そう、このカオナシほどジブリアニメで私の興味をかき立てて止まないキャラクターは他にない。「好き」とか「カッコいい」「かわいい」といった通常の好みなのではなく、「なぜか気になる」としか言いようがない。

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初めてカオナシを見た時も戦慄したが、映画館を出た後も、しばらくは彼の仮面に近い顔や、様々なシーンでの行動や、「サミシー、サミシー」とうめくようなカボソイ声が頭の中をグルグルと回っていた。
私は「映画をひとりで観に行く人」なので、この時も「これはもう飲むしかないな。飲みつつじっくりと考えてみるか」といった気分となり、そのまま居酒屋に流れた。カウンターの隅で冷酒をやりつつ(その時は「油屋」に影響されたか、珍しくノッケから日本酒の徳利を手にした)、カオナシのことばかり考えていた。「ついに小面に匹敵するお面が出てきたような気分だな。さすがは宮崎駿」と何度も思った。

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宮崎アニメはじつに多彩で印象的なキャラクターを輩出しているが、カオナシほど得体のしれない、不気味な存在も珍しい。宮崎駿はこの特異なキャラクターを生み出すにあたり「小面」を意識したのだろうか。それはわからないが「ほとんど無表情に近い、仮面のような独特の表情を顔面に貼りつけたまま、その仕草や行動で感情を爆発的に表現する」という点では極めて似ている。また「体型がどんどん変わる」「腹にバックリと大口を開けて大暴れする」などいかにもアニメらしい視覚効果は随所にあるのだが、結局のところ「なにがしたいのか」「なにを言いたいのか」「なにを求めているのか」という点が判然としないまま、次々に謎の行動を重ねてゆくカオナシ。仮面の「静」と荒ぶる妖怪のような「動」が、カオナシの中には同居している。
「目の前にいる人間(あるいは動物)が無表情でこちらを見ている」さらに「次の瞬間にこちらに襲いかかってくるかもしれない」……これはじつにゾッとする恐ろしい瞬間だ。こうした恐怖がじつに巧みに表現されているキャラクターがカオナシであるように思う。

……………………………………   【 つづく 】

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