【 魔の帰巣人形 】(17/次回最終回)

少し話題が途切れた。TTが焼き鳥を眺めつつ笑った。
「食事時にする話としては……」
「まあ最悪だね」
しかし嫌悪感で食事がまずくなるようなまともな神経は持ち合わせていない。「話の続きを知りたい」という欲求の方が数倍強い。
「まあここには眉をひそめるような女性もいないことだし」
「いるのは悪趣味の男だけだ」
二人とも笑った。
話の続きを聞く前に、どうしても気になる点があった。
「どうしてじいさんは精神を病んでると思った?」
「ああ、そのことね」

TTは説明した。寝室でジッツオの絵を見せた時も、地下室でジッツオを見つけた時も、老人の表情に変化はなかった。感情を巧妙に隠しているとは思えなかった。絵を見せた時も実物を見せた時も老人の目を注視したが、どろんとして生気のない目だった。
「でも彼は客が置き忘れたジッツオを地下室に隠したわけだろ?」
「その点もあれこれ考えてみたけどね」
人形製作に役立つような道具がそこにあったので、他の道具と同じようにとりあえず地下室に運んだ。老人の頭ではその程度のことぐらいにしか思っていないのではないか。それがTTの推論だった。
「つまり人の物を盗んだという犯罪の意識は全くなかったと」
「そのとおり。……勝手な想像だけどね」

さて深夜。
塔の上から小さな光を発見したTTは動揺し恐怖で身のすくむ思いだったが、光の周囲に霧が渦巻いているのを見て「バスカヴィル家の犬」を連想した。
「知ってるか?」
「もちろん。シャーロック・ホームズ最大の長編」
ホームズを気取るつもりはなかったが、「あの正体を見届けたい」という気分の盛り上がりに繋がったらしい。
「やはりそういうのが海外バッグパッカーの醍醐味なんだろうね」
「まあ、それはあるね。国内の団体旅行では、こうはいかない」

…………………………………

次第に近づいてくる光を注視しつつ、TTの葛藤が始まった。この奇怪な件には、これ以上関わらない方がいいのではないだろうか。言葉が通じず右も左もわからない旅人の自分がいかに興味を持ったところで、この状況を全て理解できるはずがないではないか。なにはともあれジッツオは戻ったのだ。この光を追求するのはやめた方がいい。このままあの牢獄のような小部屋に戻って朝までぐっすりと眠り、朝になったら教会に礼を言ってさっさとこの村を出ていくのが一番ではないか。

しかしまたそのように理性が悟す一方で、好奇心が叫んでいた。安全この上ない日本の日常生活から離れ、想像力を縦横に働かせて困難を乗り越え、心の赴くままにシャッターをきり、人生を真に楽しみ自分の作品を追求するために、言葉の通じない遠い異国までわざわざ来たのではなかったか。この程度の奇怪さで逃げてどうする。あれは懐中電灯の光だ。幽霊ではなく人間なのだ。

結論は出なかった。TTはその場に釘づけとなった。
その間に光は次第に近づいてきた。彼が密かに予想しあるいは恐れていたとおり、光は墓場に向かっていた。精神を病んだ老人、地下室で作られた少女の人形、土のついた少女の衣装、丘の中腹の墓場。おぞましい光景が彼の頭の中でぐるぐると回転した。しかしまたその一方で、この想像とは全く異なる事実がいまそこに展開されているのかもしれないという疑いが消えなかった。

「状況が自分に有利だという単純な理由が、結局、その時の行動を決したように思う」
TTは無灯で教会を出た。月明かりだけが頼りだったが、すでに目は暗闇に慣れていた。
「普段は出てこない種類の感覚、太古から受け継がれてきた野獣の感覚、そういうのがむっくりと起き上がったような気分だったね」
「うん。なんとなくわかる。夜中に山中を歩いている時にそんな気分になることがあるね」

TTは忍ぶようにして光に接近した。「あのじいさんじゃないか」と疑ってはいたものの、なんの確証もなかった。こんな深夜に坂を登ってくるなど「尋常な感覚じゃない」ということと、なんとなく「あの小屋から出てきたような気がする」という、それだけの理由だった。ともあれ相手はこちらに気がついていない。驚かせるつもりはなかったが、なにを目的としてこんな深夜に墓場に来たのか、とにかくそれを見届けたいという気持ちが強かった。

……………………………………【 つづく/次回最終回 】

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