【 魔の自己愛 】(5)

【 スタッフ会議 】

アイバーニアがMacルームに来てから2日後、スタッフ会議に同席することになった。学校長、「雑貨」クラス担当スタッフ、美穂先生、私。その4人が会議室に入った。
スタッフは40歳前後の男性で、五分刈りの頭に黒メガネ。なんとなく体育会系を連想させる男で、ストライプのネクタイをキチッと締めているルックスには好感を持った。そのスタッフから講評会における「ことのあらまし」説明があり、続いて美穂先生の説明。iPadが回覧された。喫茶店で見た講評会作品の写真だった。

「北野先生はどう思われますか?」
スタッフからそうした質問が来ることは十分に予想していた。しかしじつを言うとその返答なり意見なりについて、なにも用意してなかった。避けていたわけではなかったが、考えておくのがなんとなく面倒くさかったのだ。この件でこうして4人が会議室に入ってあれこれと相談すること自体、どこか滑稽でバカバカしいことのように感じていた。しかしそんな私見を述べるわけにはいかない。

「そうですね」とまず言っておき、「私はこのクラスの生徒たちに、ヌードデッサンを指導しただけです。その講評会は美穂先生の講義であって、私が参加していたわけではない。あまり差し出がましいことは言いたくないのですが……」と続けた。その時点で美穂先生を見ると、ちょっと驚くほどに緊張している様子だ。顔面蒼白に近い。まるで自分の責任を問われるようにうつむいていた。同情したい気分になった。

「講師である以前に、美穂先生は女性ですからね」
結局、喫茶店で彼女に伝えたことを繰り返している自分がおかしかった。構わず続けた。
「……嫌悪感を感じたのであれば、隠す必要はない。そのとおりを生徒に伝えるべきです。私だってそうします」
「しかしこの生徒は……」とスタッフが言いかけたときに、学校長が軽く右手を上げてそれを制した。
ほぼ半分が白髪で口髭をはやした学校長は、さすがに教育現場が長いのかもしれない。この会議の席ではゆったりとうなずくだけでそれまで発言は全くなかったが、穏やかに話し始めた。
「しばらく、ほっておきましょう。いますぐに、学校がどうこうと決めるような問題ではないでしょう」

【 再提出 】

結局、アイバーニアは放置された。この問題生徒がその後、美穂先生に対しどのような態度を取ったのかは知らない。たぶん美穂先生は何事もなかったかのように、その後も講義を続けたのだろう。

アイバーニアはその後も放課後にMacルームを覗きにくることが多くなった。講義終了後、生徒の質問に答えたり、Mac点検をしたりで、私がすぐにMacルームを出ないことを知っているのだ。部屋に数人の生徒が残っていても、お構いなしだ。スッと入ってきて、私のすぐ脇に立ってニコニコと笑っている。Mac講義の生徒たちが「なんだこの生徒は」みたいな感じでジロジロと彼女を見ても、一向に平気だ。
(困った生徒だな)と私も手を焼く気分だったが、そのうちに慣れた。そのうちにこの機会を利用するようになった。

「アイバーニア、植木鉢デザインの再提出をしたか」
私は彼女の顔を見るたびに、真っ先に聞いた。途端にむくれた表情だ。アイルランド人の血が半分入っているせいか、日本人よりも感情の変化が表情にサッと出る。じつにわかりやすい生徒だ。
「……そのうち」
「なにがそのうちだ。客に対してそんな返事をする雑貨デザイナーがいるか。ちゃんと再提出しろ」

我ながらイヤミな講師だと思いつつ、これを3回ほどくり返した。顔を見るたびに100回でも繰り返してやるつもりだった。しかし彼女はこの作戦に降参気分になったらしく、3回程度でしたがった。
「出した!」
笑っている。
「美穂先生はなんか言ったか」
「ほめてくれた」

やれやれ気分だった。(これで一件落着)と思った。

つづく

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