【 魔の自己愛 】(4)

【 画像検索 】

「レイ先生は私が好きでしょ」

勝手にMacルームに入ってきて勝手に私の隣席に座り、膝をこちらに向けてなんか言うのかと思ったら、いきなりこれだ。あきれた娘だ。
私はMac画面のポインタからゆっくりと視線をはずし、隣席の娘を見た。まっすぐな視線が私を見つめていた。まさかそれを言うためにわざわざこの部屋に入ってきて私の隣に座ったとは考えられないのだが、年頃の娘というのは、本当にもう、なにを考えているのかさっぱりわからないようなところがある。

私はゆっくりと右手をあげて、親指を自分の胸に向けた。
「先生」
「OK」とアイバーニアは言った。
次に人差し指をアイバーニアに向けた。
「生徒」
「OK」とアイバーニアは言った。無邪気に笑っている。
次に人差し指を下に向けた。
「日本」
「OK」
「……なので、君は、日本の一般的常識というか、風習というか、そういうのに従わなくちゃならない」
「OK」

もっとゴチャゴチャとなんか言うのかと思ったら、意外に素直だ。素直すぎる返事で、今度は私の方がグッと言葉に詰まってしまった。今の時点でアイバーニアが起こした問題が私の耳にも入っていることは話題にしたくなかった。私はとぼけることにした。

「……で、私になんか用か?」
「シーラナギグ、知ってるかレイ先生」
「シーラナギグ?」
アイバーニアはゆっくりと発音をくりかえした。
「シーラ・ナ・ギグ」
ささやくような、なにか呪文を唱えるような声音だった。

(聞いたことがある)と思った。小説かなにかで見たことがあるのかもしれない。特に「ギグ」にかすかな記憶があった。
「ギグというのは、なんかいかがわしい雰囲気があるな」
彼女はすごく妙な表情をした。
「イカがどうかしたのか?」
爆笑。
このハーフ娘は「いかがわしい」がわからんらしい。確かに日常的によく使う言葉ではない。
さて困った。年頃の娘に「いかがわしい」をどう説明する?
「つまり……」言葉に詰まった。

アイバーニアはニヤニヤし始めた。たぶん私の当惑した表情を見てなんとなく察知したのだろう。右手が伸びて来たので一瞬ドキッとしたのだが、行き先は私ではなくマウスだった。彼女は起動中のMacでGoogleを開き、画像検索を選び、「シーラナギグ」と打ちこんだ。

ズラズラッと出てきた画像を見て(ははあ)と納得した。
そこに並んでいたのは石像やレリーフや木彫だった。みな女性で、両足を広げ、両手で自分の性器を広げて見せるような仕草をしていた。

(なるほどこれか。これを植木鉢に描いて美穂先生を困らせたな)
納得できたが、その件をいまここで持ち出したくはなかった。
私は画面を見ていたが、アイバーニアは私の表情を注視しているのだろう。視界の端で彼女の視線を感じつつ、マウスから彼女の手が離れたので、私がマウスを操作した。これらの画像の説明を読みたかった。

【 アイルランド 】

シーラ・ナ・ギグ。
アイルランド、イギリス、またヨーロッパ各地の古い教会、修道院、城、橋、井戸などで見られる女性の裸体彫刻である。両足を広げ、性器を見せびらかすような仕草をしている。その多くはアイルランド に集中し、101例があるという。

この奇怪な彫刻が注目され研究され始めたのは、つい最近だ。なにしろ研究対象としては、あまりにも悪趣味で女性に嫌悪感を抱かせる造形だ。考古学者たちは敬遠し、聖職者は当惑した。教会の壁にあったものを破壊したり取り壊したりした聖職者もいた。
このような彫刻がなぜ教会や修道院にあるのか、その起源や意味はまだ謎に包まれている。じつはその名前の由来さえまだよくわかっていない。

古代ケルト人は、女性器を形どった彫刻を家の戸口や門に打ちつける奇妙な風習があった。シーラ・ナ・ギグはそこから発生したとする説がある。死や疫病などから家や教会を守る「厄払い」だというのだ。

説明の中に「アイルランド」という地名を見た瞬間に(ははあ)と納得した。アイバーニアをチラッと見た。まだどこかにあどけなさの残る笑顔で私をじっと見つめている。
「君のママはアイルランド出身だったな」
「イエス」
「アイルランドじゃ、こういうのを植木鉢に描いたりするのか?」

言ってしまってから(しまった!)と後悔した。
アイバーニアは(えっ?)と驚いた表情になった。

つづく

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