【 魔の自己愛 】(8)

【 要 調 査 】

手帳の使い方は人により様々だ。仕事やスケジュール管理で毎日のように使う人は「My流儀」みたいな使用方法もきっとあるのだろう。
友人女性はバイブルサイズのシステム手帳を愛用している。見開きの左ページには1週間分の枠がある。右ページは細い横線のみが印刷されている空白ページだが、その狭い1段に2行の書きこみで極小の手書き文字がびっしりと並んでいるのを見てちょっと驚いたことがある。スケジュール管理だけでなく日記としても活用しているのだ。

私もシステム手帳を愛用している。毎年、今の時期に「見開きで2週間」スケジュール管理用紙を買っている。それになにかを書きこむ時は色に注意し、黒以外に赤・緑・紫を使い分けている。赤は「予定」、緑は「仕事や行動が完了した時点での感想」といった具合だ。
最後の紫が「調査」である。日常的に感じた「要調査」項目を記入するときは、必ず紫色のUni Ball(ユニボール/油性ボールペン)で記入するようにしている。

「そんな項目を記入する時間があったら、さっさとスマホで調べたらいいのに」と、いまあなたは思ったかもしれない。確かにそのとおりなのだが、じつは「すぐには調べない」という行動にちょっとしたこだわりを持って実行している。「すぐに知りたい」という欲求をいったん脇に置き、まずは自分の頭の中にある知識なり記憶なりを総動員して「いまの(調べていない)状況でどこまで知っているのか」といった一種の自己検証をするのだ。
なぜそんな面倒なことをあえてやるのかというと、その方が実際に調べた時に「あっ、そうだったのか!」といった感動が大きい。したがってより強く記憶に残るように思われる。

ちょっと余談。
私は映画が好きで、週に1〜2本はなにかしら洋画を観ている。4回、5回と繰り返し観る映画もある。20回は観ただろうと思われる映画もある。友人や知人との会話を楽しんでいる時も(相手によるが)映画話題を持ち出すことがよくある。そんなときに映画タイトルとか、監督名とか、主演男優名とかがスッと出てこないことがある。あなたも映画がお好きなら「あるある」ではないですか。目の前で会話している友人や知人がその場でスマホを手にして調べ始めた場合は仕方がないが(笑)、そうでない場合は「まあしばらくしたら思い出すかも」などと笑って、あえてその場で即座に調べたりしない。大した話題ではないから、そのまま思い出さずに別れてしまったとしても、特に気にしない。

さて大事なことは、その後である。
たとえば「……ああ、あのときに話題に出た『グラディエーター』、あの主演男優名、結局、思い出せなかったな」なんてことを思い出したとする。そんなときも即座に調べたりしない。徹底的に思い出す努力をする。その男優の表情、声、仕草、印象的なシーン、DVDを持っている映画ならそのパッケージデザイン……とにかく記憶に残っているその男優ファイルの全ページを丹念に見直すような気分で思い出す努力をするのだ。すると不思議なことに数時間後、あるいは数日後に「……あっ、ラッセル・クロウ!」とスッと出てくることがある。こんなときの嬉しさというか、快感というか、なかなか得難いものであるように思われる。

そのようにして思い出した名前は、その後もかなり強い記憶として残っている。さらに言えば「思い出すことができた」というささやかな自負があるので、その後またもや忘れたとしても「絶対に思い出してみせる」という自信につながっていく。お試しありたい。

【 猿 田 彦 】

さて本題。
喫茶店で手帳に「調査:サルタヒコ」と記入した時も、上記の理由で即座に調べるようなことはしなかった。……というのも「サルタヒコ……はて、どこかでその名前を見たような」という記憶がかすかにあったからだ。
しばらくして思い出した。それは本ではなく実際に見た光景で、「猿田彦神社」と彫られた大きな石柱だった。さらにしばらくして「……伊勢だ。そうだ、お伊勢さんだ。確か伊勢神宮の近くで見かけた石柱だ」と思い出した。そのとき私はバスに乗っておりその車窓からたまたま見かけた石柱だったので、猿田彦神社に行ったわけではなかった。しかしその石柱の大きさと特異な名称は記憶に残っていた。
この光景を思い出した時点で満足したので、調べることにした。

実際に調べてみて猿田彦神社の場所はすぐに判明した。伊勢神宮(内宮)正面から「おかげ横丁」に入り、その突き当たりまでゆっくりと歩いたところに、その神社はあった。「みちひらきの神」と呼ばれて親しまれてきた神社であり、年間を通じて参拝者が絶えないらしい。
では猿田彦とはいかなる神なのか。日本神話に登場する神であるという。

日本神話では(筆者独断の大まかな話だが)このような筋書となっている。
(神の名の漢字表記はやたらに画数の多い複雑怪奇な漢字が並ぶことになってしまうので、以下、カタカナのみで説明したい)

「ニニギノミコト」という神が天くだりしようとした。そのとき彼は道の途中で光輝く神を見かけた。背が高く、鼻が異様に長く、目がランランと輝く異形の神だったという。この描写はまさに「天狗」だ。実際、「サルタヒコが赤鼻天狗の原形」とする説がある。

「ニニギノミコト」は「何者ならん」と驚き、その神のところに「アメノウズメ」(女神)をつかわして名を聞いた。その神が「サルタヒコ」であり、「ニニギノミコト」が天くだりすることを知って、先導役を名乗り出た。

「ニニギノミコト」は快くその申し出を受け入れ、無事に目的地に到着した。そして「アメノウズメ」に命じて(無事到着の御礼に)「サルタヒコに仕えよ」と、こうなるのだ。
無茶苦茶な話だが、なにしろ日本神話なんで「まあそういう筋書なんだろう」程度の理解でいいと思われる。……で、結局、「アメノウズメ」は「サルタヒコ」の妻となった。

この「アメノウズメ」が面白い。踊り上手な女神らしいのだが、その踊りかたというか、あられもない姿で(笑)踊るのがお好きだったようである。

つづく

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