エドガー・アラン・ポー【 1 】ポーが生きた時代のアメリカ

【 40歳で客死 】

エドガー・アラン・ポー。ご存知だろうか。
「こいつは小説なんか読まねえだろうな」と思われるような人でも、「黒猫」ぐらいはどんな話か知ってる人は多いに違いない。また推理小説が好きな人なら、ポーを知らない人はまずいるまい。

プロカメラマンの友人はロンドンのベイカー街に自主撮影に行くほどのシャーロキアン(ホームズ心酔者)だが、ふと気が向いたので「この男はどの程度ポーを知ってるのか」という質問を(酒の席で)ぶつけてみたことがある。彼はちょっと考え、まず「モルグ街の殺人」を挙げた。「ああやはり」とニヤニヤしていると、続いて言った。「短編だけど、あんなによくできた推理小説はない」
じつに同感。続いて出てきたのが「黒猫」。これまたまさに「ああやはり」だ。
「短編だけど、あんなに怖い話はない」

友人は小6の娘が「ポーの黒猫を読んだ」と聞いてちょっと驚いたことがあったらしい。その時点で彼は「黒猫」を読んだことはなかったのだが、どういう話かは薄々知っていたのだ。「小6では早すぎないか」と不安になり、娘からその本を借りて読んだ。
「リトールド版だったよ」
「なんと黒猫のリトールドがあるのか?」
リトールドというのは、要するに子ども向けに書き直した本である。しかし彼はそのリトールドで震え上がり、正しく大人的に震え上がりたいために、わざわざ大人向けの原作を取り寄せて読んだそうである。
「誠にご苦労様な話だな。わざわざ初級と上級の恐怖を味わったわけだ」
それにしてもあのおぞましく怖い話を、どうリトールドできるのか。「読んでみたい」という衝動に私も駆られたが、やめておくことにした。

さて冗談はさておき、今回からエドガー・アラン・ポーを大いに語ろうと思う。精力的な執筆と名声、ところが別の一面では、アルコール中毒、麻薬中毒、数多くの喧嘩沙汰、40歳という若さで謎の客死。……40歳ですよ。「ああもう少し長生きして、さらなる名作を世に出してほしかった」とつくづく思う。

「客死/かくし」という言葉はご存知だろうか。日常的に使うことはもうほとんどなく死語に近いが、旅先で死ぬ、あるいは家を離れて別の土地で死ぬ、こうした死に方を客死というのだ。もっとはっきりと言ってしまうと「まともな死に方ではなかった」ということになる。

しかし40歳で客死のこの酒乱男が後世の作家たちに与えた影響はじつに大きい。もし彼がいなかったら、アガサ・クリスティも、コナン・ドイルも、スティーブン・キングも出て来なかっただろうと言われている。

【 ポーが生きた時代 】

さてポーが生きた40年間はどんな時代だったのか。
ポーは1809年にマサチューセッツ州ボストンで生まれた。そう、彼はアメリカ人であり北部出身なんである。この「北部出身」というのは「だからどうなの?」てな感じで我々日本人にはいまひとつピンとこないのだが、彼を語る上で重要なキーワードとなってくるのだ。この件については少し後で大いに語るつもり。とりあえず今は頭の隅に置いといていただきたい。

そこでまず、ポーはアメリカ人だった。知ってました?
彼の作品のみを知る人は「えっ? ヨーロッパの人かと」と驚く人がいるかもしれない。
じつは中学生時代の私がそうだった。「モルグ街の殺人」を読んで大いに気に入り、エドガー・アラン・ポーという作家を知った。
この「モルグ街の殺人」の舞台がパリなのだ。当時の私は「手当たり次第」といった乱読をしていたので、この作品には感動したものの、作家を調べるといった几帳面さはなかった。パリを舞台にした奇々怪界な事件を書くような作家だから、モーリス・ルブラン(アルセーヌ・ルパンの原作者)のようなフランス人だろうと勝手に思いこんでいたのだ。実際は、ポーはルブランが生まれる前に活躍したアメリカ人である。

さて話を戻そう。
ポーが生まれたのは1809年のボストン。この時代のアメリカはどういう時代だったのか。北部と南部でかなりライフスタイルに落差が出てきた時代である。先進的な北部に対する南部のコンプレックスは結局、奴隷制度をめぐる南北戦争(1861〜1865)という「アメリカを二分する国内戦」となっていく。

ともあれポーが生きた時代の北部は、鉄道が大いに発展し、印刷技術が一気に向上し、といった感じで都市が飛躍的にその機能を拡大し始めた時代だった。しかしそれは「アメリカが」ではなく「北部が」だったのである。……そう、流通も印刷も都市の活気も急速に発展する北部に対して、南部はじつに様々な方面で取り残されていく時代でもあったのだ。

なるほどそれでボストン(北部)生まれのポーは、その時流に乗って出てきた作家なんだなと思いたいところだが、話はそう簡単ではない。……というわけで、次回はポーという作家を取り巻く「北部 vs 南部」の話をしたいと思う。

【 つづく 】


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