【 魔の自己愛 】(13)地下室個展

【 南 京 錠 】

私は再び納屋の前に立った。
南京錠を見たのはざっと3ヶ月ぶりだ。私はその古風な、どっしりした大きな南京錠になにかしら懐かしさをともなった親しみを感じていた。

遠い昔、幼年時代に自宅のどこかで、このように大きな南京錠を見ていた記憶がかすかにある。またその後、中学生の頃であろうか、この大きな錠前は「南京」という中国の地名を冠していることを知り、「万里の長城」を連想したことがある。巨大な龍がその身を横たえているように、山々を巡り延々と果てしなく続く長城。その所々に設けられた城門。そこにはきっと小さな隠し扉があるにちがいない。その内側には「万里の長城」にふさわしい巨大な錠前がぶら下がっている。そのような光景を夢想していた。

しかし事実は全く違っていた。この錠前は江戸時代の初期に日本に入ってきた。当時の日本では「外来の/珍しい/役に立つ」……そうしたものに「南京なんとか」という名称をつける慣習があったらしい。外国のどこから来たものであろうと、とりあえず南京を頭につけたのだ。ずいぶん横着な名前のつけかたがあったものだ。当時の日本人のユーモア感覚だろうか。

このようにして同じような名称を与えられたものに「南京豆/ピーナッツ」がある。今ではピーナッツを見て南京豆などという人はほとんどいないが、私には祖母が「南京豆食べよし」と言って小皿に盛ったピーナッツを出してくれた懐かしい記憶がある。その南京豆には茶色の薄い皮がついていた。私がそれを一粒ずつ剥ぎ取って食べようとしていたら、祖母は笑った。
「ええとこのお嬢さんみたいなことする子やな。それも薬や。一緒に食べよし」

【 地 下 室 個 展 】

孤蝶さんは南京錠を外し、木の戸口を横に滑らせた。中に入り、カチッとスイッチを入れる音がした。今度は遠慮なく、私も続いて中に入った。

私が中に入った直後に、もう一度カチッとスイッチを入れる音がした。前回は気がつかなかったのだが、スイッチは2つあったのだ。天井を見上げたが、そこには裸電球がひとつ、ぼうっと橙色の光を放っているだけだ。他に照明はない。……では2つ目のスイッチは?

奇妙に思った瞬間に「あっ」と気がついた。なんと納屋の奥の床板から光が漏れていた。
「地下室が……あるのですか?」
「はい」

孤蝶さんは慣れた手つきで床板の継ぎ目部分に指を入れ、ぐっと持ち上げた。ギィッときしんだ音を立てて60センチ四方ほどの板が立ち上がった。人がひとり、かろうじて下りることのできる程度の四角い穴が現れた。
「じつはこの納屋は、防空壕の上に建っているのです」

突如として現れた地下室の出入口。井戸の底に降りていくようなその出入口も不気味だったが、私の目は立ち上がった板のほぼ真ん中に打ちつけられたプレートに釘付になった。
「地下室個展」
それはカマボコ板程度の小さな板で、黒く太い手書き文字が並んでいた。毛筆でスラスラと書いた文字ではなく、一見して「この人は以前にレタリングを学んだ人だな」とわかる人の文字だった。
この真下の地下室にも裸電球がぶら下がっているのだろう。プレートは下方からの橙色の光を反射し、文字の黒い部分が光っていた。光沢を発する塗料で文字を書いたのだろう。

私は腰を落として地下を見下ろした。「階段」というよりもほとんど「はしご」に近い「角材のでっぱり」が5段ほど作られていた。土とカビと埃が入り混じったような湿った匂いが鼻腔の奥をツンと刺激した。
「見せたいものというのは……」
彼女は黙ってうなずき、先に下へ降りて行った。こんな不気味な穴になど入りたくなかったが、ここまできて降りないわけにはいかない。

(この地下室個展にもぎっしりとシーラ・ナ・ギグが並んでいるのか)
私はそのような光景を連想した。それはシーラ・ナ・ギグの展示というよりは、地下の集団墓地のような光景を連想させた。じつに不気味な個展会場だった。

つづく

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