【 愛欲魔談 】ファム・ファタール(2)モローが描くサロメ

【 劇 団 】

「サロメ」
ユダヤ王女の名である。新約聖書「福音書」にその名が出て来る。
オスカー・ワイルドの戯曲としてあまりにも有名な「サロメ」はどんな話なのか。あなたは御存知だろうか。
私は大学時代に劇団のお芝居で「サロメ」を観た。「ああなるほど。こういう話なのか」と知った。なかなか衝撃的な話だったし、吉祥寺の場末の小劇場で観たお芝居の雰囲気もよく覚えている。そこでそのお芝居を語りつつ「サロメ」の紹介をしたい。

大学時代。
私は男子寮に住んでいた時期があった。その男子寮仲間に劇団所属の男がいた。彼は役者ではなく脚本家だった。いつも自分が書いた脚本のお芝居を男子寮で宣伝し、「観に来てくれ」と誰彼なく誘ってチケットを売ろうとしていた。

そう、彼には「チケット販売20枚」というノルマがあったのだ。彼の属する劇団では(どこの劇団も似たような状況だろうが)役者も脚本家も演出家も関係なく、劇団員はみな一律に「チケット販売20枚」というノルマがあった。チケットは決して安くはなかった。大抵のお芝居は¥1200で、前売りは¥1000だった。そんな高額チケット(笑)をポンと払ってお芝居を観に行くような優雅な男が男子寮にいるはずがない。

いつしか彼は「劇団」とあだ名をつけられた。「劇団」は背が低く小太りの愛嬌者だったので男子寮ではなかなかの人気者だったが、いざチケットとなると誰も買わなかった。
ところが唯一、例外のお芝居があった。それが「サロメ」。皮肉なことにそれは「劇団」が書いた脚本のお芝居ではなかった。このチケットは飛ぶように売れた。なぜか。もう少し読んでいただければわかる。

【 サ ロ メ 】

さて開幕。
ユダヤの王エロドが酒宴を開いている。その名を聞いただけで「さては色好みの暴君か?」とイメージするような名前だが、果たしてそのとおり(笑)で、この王は前王(自分の兄)を殺しその妃ヘロディアスを奪い、自分の妃とするような悪逆非道暴君だ。エロドはヘロディアスの娘である王女サロメにも目をつけている。

エロドの酔ってふしだらな視線に耐えられなくなったサロメ。彼女は酒宴の部屋を出てテラスに立った。すると地下牢獄から不気味な声が聞こえてきた。ヘロディアスをなじる声だった。
「ああ、あの声こそ、高名な預言者ヨハネ」

サロメはヨハネが地下牢極に閉じこめられていると聞いていた。牢獄には見張りの番兵が立っている。ヨハネと会うことは王が固く禁じていた。しかしサロメはどうしてもヨハネと会ってみたかった。そこで番兵を色仕掛けで従わせ、ついにヨハネに会う。しかも(まさに一目惚れというほかないが)ヨハネを恋してしまうのだ。

一方のヨハネはサロメの恋など全く寄せつけない。サロメの母(エロドの妃)ヘロディアスをなじるばかり。言いたいことを言ってしまうと、さっさと自分から地下牢獄に戻っていった。サロメは失望しつつ、いずれヨハネにキスをすると誓う。

サロメを追ってエロドがテラスに出てきた。ヘロディアスも王に従ってテラスに出てきた。
「サロメ、踊ってみせよ」
サロメは断るのだが……
「踊りをみせてくれたら、褒美として望みのものをやろう」

そこでサロメは「7つのヴェールの踊り」を披露する。この踊りこそ「チケット完売」の理由だった。要するに「次々に衣装を脱いでいく踊り」なのだ。
エロドは満足した。
「望みのものはなにか?」
「ヨハネの首がほしい」

かくしてヨハネは首をはねられ、銀の皿に乗った首が運ばれてきた。サロメはその首を持ち上げてキスをするのだった。

【 ギュスターヴ・モロー 】

座長は「サロメ」の興行成績に喜んだらしい。彼は「劇団」に脚本の変更・追加を要請した。
「劇団」はその要請に頭を抱え、男子寮の私の部屋にやってきた。
「ギュスターヴ・モローが描いたようなシーンの追加をしたいらしい」
「ギュスターヴ・モロー?」
恥ずかしながら、その当時、私はモローを知らなかった。そこで図書館に行って調べることにした。

 つづく 


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