【 愛欲魔談 】ファム・ファタール(4)モローが描くサロメ

【 脚 本 相 談 】

男子寮の談話室。
とは言っても「談話室」などという優雅な名称は名ばかりだ。実態は古いテレビが6畳の隅にドンと置かれ、その脇に黒電話があるだけの殺風景な部屋だった。畳の上に広げられた大判の画集。ギュスターブモローの「出現」を挟んで、ふたりの男子寮生が額を寄せるようにして悩んでいた。ふたりとも「宙に浮いたヨハネの首」を見ていた。

「このシーンを追加しろと?」
「劇団」は困惑した顔だ。この男にとって「サロメ」は自分が書いた脚本ではない。本音は「どうでもええ」気分なのだろうが、座長からの依頼でこのシーンの追加となった。下手な脚本を追加して「サロメ」が人気を失墜したら大顰蹙、どころか退団ものだろう。

「まあ座長の希望はそういうことだろうね」
一方の私は(窮地の「劇団」には申し訳ないが)「サロメ」にあまり好感を持っていなかった。新約聖書のサロメを知ってしまったからだ。「勝手に捻じ曲げやがって」という腹立たしさがある。

「劇団」は頭を抱えてしまった。
「たとえば糸でぶら下げたヨハネの首が出てきたら……」
「下手したら爆笑ものだろうね」
「うーむ」
絶句してしまった彼を見てさすがに気の毒になった。
「爆笑させときゃええじゃん。お芝居は面白ければいいんだろ?」
「……」

しばしの沈黙の後、私はある方法を思いついた。
「背景を暗闇にする。こんなふうに」
私は「出現」の背景部分に人差し指をトンと置いた。
「……で、首から下は真っ黒の服を着た……テルテル坊主みたいなヨハネをだね」
「なるほど!……それなら爆笑にはならんな」

【 七つのヴェールの踊り 】

さて当日。
私はこのアイデアの功により、チケットを買わずとも「サロメ」見物に行けることになった。吉祥寺の小劇場入口で「劇団」に迎えられ顔パスでそのまま中に入った私は「気分は劇団員」だった。小ホールに入ってもすぐには客席に座らず、脇の通路に立って50ほどの客席を眺めていた。

このお芝居のみどころはもちろん「サロメの舞」である。エロド王を嫌っているはずのサロメは(いかに王の願いとはいえ)なぜ王の欲情をさらに刺激するような舞をしたのだろう。よくわからんが、ともかくこの「七つのヴェールの踊り」は非常に過激な演出ということで、現在でも物議をかもしている。
やはりというか、次々に入ってくる客はほとんどが男だ。自分のことは棚の上に放り投げて「このスケベどもめ」といった視線で私は客席の男どもを眺めた。

サロメ役は、この劇団の看板娘。劇団一のナイスバディ女性である。やや小柄なのだが、そこがまた男性ファンが多い理由らしい。
彼女にはちょっと変わった性癖があって、大いに酒を飲むドリンカーらしいのだが、酔うと必ず「暑い暑い」と言って次々に服を脱いでいくらしい。ついに上半身はブラ1枚で飲み始めたというので居酒屋の店長があわてて駆けつけた、という伝説がある。もうひとつ伝説があり、劇団に入ってきたこの女性の性癖を知って座長が「サロメ」を始めた、というのだが、真偽のほどはわからない。

サロメは数杯のウィスキーを喉に流しこんだ後で、舞台に進み出た。大いに舞い、大いに脱ぎ、観客を大いにわかせた。約10分にわたる華麗なストリップショーである。お芝居は大成功のように見えた。しかしサロメが舞台中央から去ったあと、板敷の床には至る所に汗が残されていた。サロメの功により首だけとなったヨハネは次の幕で舞台中央に進み出てサロメを大いに威圧するはずが……見事にすべってこけた。
客席が爆笑となったことは言うまでもない。

さて次回はファム・ファタール第2弾。
ギュスターブ・モロー他、多くの画家が競うようにしてその美貌を描こうとしたヘレネを語りたい。この「絶世の美女」は、自らの美貌が原因でトロイア戦争を巻き起こすほどの女だった。美女もいいが、そんな理由で戦争勃発?……今も昔もアホな男は多い。

 つづく 


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