【 ファム・ファタール魔談 】ギリシア神話・絶世の美女ヘレネ(1)

【 ギリシア神話 】

ファム・ファタール魔談を続行しよう。サロメに続く第2弾はヘレネである。
話はギリシア神話にさかのぼる。

そもそもギリシア神話とは、だれが、いつ、なんの目的で語り始めたのか。
そこで語られる「神々と英雄たちの物語」はざっと紀元前15世紀ころに始まったと言われている。なんと3500年前の物語なのだ。
その頃、ギリシアにやってきたのがアーリア人だった。

アーリア人は空を眺めてはあれこれ想像をふくらませていくのが好きな人々だったらしい。青空を背景に白い雲が次々に移動して行くのを見ると、彼らは「青い海をたくさんの帆掛け船が渡っていく」と想像した。嵐をふくむ黒々とした雲を見たとき、彼らは「巨大な黒い鳥が虫をくわえて飛び回っている」と想像した。稲妻はこの巨大な鳥が、虫を落としたのだ。
なんとまあ、激しい虫がいたものだ。いったいどんな形の虫なんだろうと興味がわくのだが、残念ながらそこまでは語られていない。あるいは語られていても、3500年後の後世には伝わっていない。

このような自由奔放な想像力がやがて神を生み、古代ギリシアより語り伝えられる伝承文化となっていった。じつに多くの神々が生まれ、次々に登場し、どろどろの愛憎劇を繰り広げる長大な物語となった。

たとえばゼウス。
御存知のように神々の世界に君臨する最高神である。どの神も彼には勝てない。なのでこの最高神は女神は略奪するわ、わざわざ動物に変身して女神に接近したあげく結局は略奪するわで、もうどうしようもない「やりたい放題神」である。
こんな神が君臨する世界じゃ教訓もヘチマもないだろうと思うのだが、いまでもギリシアの小学校では「歴史」の時間にギリシア神話を教えているらしい。まあ「私たちの誇る大昔の祖先が作った神様たちの物語」ということで無難なところだけを教えるのだろう。ギリシアの少年少女たちが長じてゼウスがやったことを知ったらいったいなんと思うのだろう。想像にまかせたい。

【 ヘレネ 】

さて昔々、ギリシアにスパルタという国があった。そう、「スパルタ教育」という名称で今に伝わるスパルタである。その国にヘレネという名の美しい王女がいた。あまりに美しかったので、ギリシア中の国王だの王子だのが「どれほどの美人か」とスパルタにやってきては衝撃を受け、「ぜひ私の嫁に」と言い出すほどだった。

スパルタ王にとっては頭の痛い娘であったにちがいない。「普通程度にきれいな娘であれば、こんな苦労はしないですむものを」と思ったかもしれない。なにしろ頭上の空にいる最高神が女神を略奪するような世界である。そこでギリシアの王たちに言った。

「どうか誓いを立てていただきたい。ヘレネがどの王を夫に選ぼうとも、その王を恨んではいけない。敵と思ってはいけない。またもしヘレネがだれかに略奪されたときは、力を合わせてヘレネを取り戻していただきたい」

王たちはやむなく約束し、「われこそは」気分でヘレネの前に出た。

結果、ヘレネはメネラオスという王を選んだ。なぜこの王を選んだのかよくわからない。彼女の好みの男だったのだろう。……とはいえメネラオスには確かに力があった。しばらくしてヘレネの父王が亡くなると、メネラオスはスパルタの王になった。若いスパルタ王と、妃のヘレネは幸せに暮らした。めでたしめでたし。……で、この話は終わらない。

さてこの物語の急展開はスパルタではなく、トロイという国の出来事から始まる。
トロイに王子が生まれ、パリスと名付けられた。ところが不吉な予言がトロイ王を震え上がらせた。
「パリスのためにトロイは滅ぶ」
このためパリスはなんと山に捨てられ、羊飼いとして育てられることになった。この「不幸な王子」設定はなかなかよいですな。いかにも「ここから長大な物語が始まる」と言わんばかりだ。次回はこのパリスがどのような経過でヘレネの前に現れたのか、そこを大いに語りたい。

 つづく 


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