【 ファム・ファタール魔談 】ギリシア神話・絶世の美女ヘレネ(7)

【 神々の役割 】

このところ魔談はギリシア神話にスポットを当ててあれこれ調べつつ語っている。そのギリシア神話でもつとに有名なトロイア戦争。私は「神々がどのような役を演じているのか」という点で以前から興味があった。

そこでこのたびは「ギリシア神話魔談」のためにそれなりに意欲を持ってギリシア神話の本も「大人向け」と「子ども向け」の2冊を買いこみ、「この機会にギリシア神話をひととおり知りたい」という意気込みで「読書&執筆」を始めたのだが……。正直なところ「それほど意欲を燃やして取り組むようなものでもなかったか」といった結論にいたりつつある。

……などと言ってしまうとギリシア神話研究の先生方からお叱りを受けてしまいそうだし、

「ギリシア人はまだ未開な社会に住んでいましたが、すぐれた人たちでしたので、そこに生まれたお話も、美しく、力強く、後の世の芸術に大きな影響を与えるものになりました」(ギリシア神話・石井桃子編・あかね書房)

……これに異を唱えるつもりは毛頭ない。魔談でもたびたび取り上げてきたように、後の世の画家たちも競うようにして、ギリシア神話をモチーフにした神々や、美女や、勇者を描いている。しかし個人的な感想というか結論としては、ギリシア神話は私が期待していたような奥深いものでは全然なかった。

画家たちがギリシア神話の1シーンを描いてきた理由というのも、じつはさほど高尚な理由とは言い難い。要するに(その当時の一般的な教養として)多くの社交人が知るギリシア神話を取り上げさえすれば、たちまち話題になったのだ。「ほほう。ヘレネを描きましたか。なるほどこれほどの美女であれば、古代ギリシアの王たちが戦争を起こすのも頷けますな」といった具合で、好色的な社交人が高値で買う可能性も高かったというわけだ。その絵を手に入れた貴族は、あたかもヘレネを自分のものとして屋敷に連れてきたような幻想を抱いたかもしれない。

さて前置きというよりは失望論に近くなってきた(笑)のでこの話はここらでやめておき、トロイア戦争の経過を見ていこう。

【 クリュセー 】

ギリシアの大船団はなんとかトロイアにたどりつき、9年間攻めたてた。……と、物語るのは簡単だが、よくもまあ、こんなくだらない開戦理由で9年間も攻めたり撤退したりを続けたものだ。開戦準備で2年間。開戦して9年間。11年も戦争やってる下界の愚かしい人間たちを見ていながら、神々はいったいなにをしていたのか。

「神々も、このトロイアで行われている戦争には、深い興味を持っていました」ギリシア神話・あかね書房)

深い興味って、あんた(笑)。……ここに至って、いやここに至るまでもないのだが、「神々」というのは、そういうヤツラなのだ。下界の愚かしい人間どもが始めた戦争など、どこ吹く風。いや「どこ吹く風」どころか「おおっ、アホな人間どもがまた喧嘩を始めおったぞ」程度のことなんだろう。もちろん仲裁などしない。

「そのときどきの勝ち負けは、神々さえ、胸を踊らせて見物したのでした」(ギリシア神話・あかね書房)

さて開戦して9年が経過。エーゲ海を渡って攻撃を仕掛けたギリシア軍はかなり疲弊している。ギリシア神話は言う。

「ギリシア軍はトロイア近くの国に、食料や軍勢をかきあつめにいった」

要するに略奪である。当然ながら、美女はことごとく拉致である。その中にクリュセーという名の美しい娘がいた。この娘はアポロン神殿に仕える祭司の娘だったので、アガメムノン(ギリシア軍総大将)の前に引き出された。

祭司は娘を取り戻すためにたくさんの金銀を持ってアガメムノンに会いにきた。

「娘を返してくれたら、神々はあなた方を守って、この戦いに勝たせるでしょう」

しかしクリュセーの美貌に目がくらんでしまっているアガメムノンは、全く聞く耳を持たない。王の前から放り出された祭司は神殿に戻り、アポロンに訴えた。

「ギリシアの無礼な総大将が私の娘を返すまで、ギリシア軍に苦しみを与えてください」

アポロンはこの願いを聞き入れた。怒ったアポロンはギリシア軍に向って雨のように矢を次々に放ち(「早送り」じゃあるまいし、たったひとりで「雨のように」にはならんでしょうと思うのだが)、この矢によってギリシア軍の間では、疫病が大流行することとなった。

長期戦争に疫病はつきものである。赤壁の戦い(中国・208年)でも曹操は劉備に圧勝するはずが、疫病蔓延で大敗した。第一次世界大戦の最大の死者数はじつは戦死者数ではなく、疫病による死者数だった。

 つづく 


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