【 神々の干渉 】
前回に続き、トロイア戦争の経過を見ていきたい。今回は「立ち上がった勇者アキレス」vs「美女のことしか頭にないギリシア軍総大将アガメムノン」の話である。誰がどう見たって前者がヒーローで後者が倒されるに決まっている。ところがギリシア神話は意外に屈折している。そう簡単にアガメムノンは倒されない。
自分が捕虜としている美少女ブリュセイスをよこせと言われてカッときたアキレス。なんだか大将も勇者も美女の獲得合戦ですな。なんのための戦争だか。アキレスはついに剣を抜く。アガメムノンを斬ってしまおうとする勢いだ。しかしそばにいたアテナ(女神)がアキレスを制して言った。
「剣をおさめよ。いつかアガメムノンは、いまのあやまちを3倍、4倍にして返すことになるだろう」(ギリシア神話・あかね書房)
なんと紀元前1500年に、すでに「3倍がえし・4倍がえし」があったのだ。女神に止められては、さすがのアキレスも従わざるをえない。彼は剣を鞘に戻す。しかしこれでは怒りがおさまらない。アキレスはその場を去った。自分が引き連れてきた50隻の船をまとめて、ギリシア軍船が集合している場所から離れてしまった。要するに戦線離脱である。
これを知ったテテュス(アキレスの母)はアガメムノンの(アホな)対応に怒った。母はオリュンポス山に登り、ゼウスの神殿に行った。アキレスを侮辱したアガメムノンをこらしめていただきたいという訴えをした。なんとゼウスはこれを聞き入れ、トロイアに加担する。どのような加担のしかただったのだろう。その記述がない。「なんでその部分の説明がないのか」と呆れてしまうのだが、ともあれトロイア軍は大勝利。ギリシア軍船は沖の方まで後退するという結果になった。
総大将は美女のことしか頭になく、アキレスが抜け、ゼウスにいじめられ、疫病蔓延のギリシア軍。もういいかげんにここらでやめてしまえばいいものを、まだ戦いは続く。そして天上でこれを見物する神々。笑って見物しておればいいものを、これまた「行き当たりばったり気分」で加担したり祟ったりするものだから、戦いはますます混迷を深め兵士はバタバタと死んでいく。「天上も地上もアホばっかし」というのがギリシア神話だ。
さて天上ではヘラ(女神)がゼウスのところに来た。
「神々が人間の争いに巻きこまれるのは正しくないことだと、いつもあなたはおっしゃるではありませんか」(ギリシア神話・あかね書房)
やっとまともな意見が出てきた。ところがこれを聞いたゼウスは「そうだそのとおり」とうなずいて酒でも飲んでおればよいものを、今度は「夢の神」とやらを呼んでアガメムノンのテントに行き、「夢のお告げ」をさせるのだ。
「いまこそ、トロイアは攻め落とされるだろう」(ギリシア神話・あかね書房)
目覚めたアガメムノンは大いに勇んだ。なにをか言わん、である。
【 りくはファム・ファタールか 】
以下は余談。
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を観ていない方には、なんの話か分からんと思うが御容赦いただきたい。このドラマを毎週のように楽しみにしている人は、北条時政の後妻「りく」と言えば「ああ、宮沢りえ」と即座に着物姿の彼女が脳裏に浮かぶに違いない。さすがに年季の入った女優と言うべきか、この6回ほどはじつにしたたかな悪女ぶりを発揮してきたが、ついに前回、10月2日(日)の第38回で旦那の北条時政・鎌倉追放により、以後は姿を消すことになってしまった。少々残念な思いさえする。
脚本の三谷幸喜は「りく」の役まわりを考案するにあたりファム・ファタールは意識したのだろうか。意識していなかったにしても「りくを悪女にしよう。時政(坂東彌十郎)を意のままに操る奥方にしてやろう」ぐらいは思ったかもしれない。
かくして「時政は私にメロメロ」と自信たっぷりの「りく」は執権職にある旦那を権力の頂点に立たせるべくあらゆる画策をし、ついに達成する。そこまでは美談の類に入るかもしれない。ところが(もともと政治能力のない)旦那が(大河ドラマ的栄枯盛衰速度で)瞬く間に落ち目になってくると、権力維持のための画策はどんどん陰湿になっていく。旦那に寄り添うようにしてささやく言葉も「だれそれを排除しましょう」。……要するに「殺せ」または「鎌倉から追い出せ」である。
結果、そうした私利私欲のための策謀は大局を見ていないが故に、旦那を破滅させる結末に向かって爆進させることになるのだ。さすがは三谷幸喜。
「ファム・ファタールの顛末をまざまざと見せていただいた感あり」が「りく」だった。
✻ ✻ ✻ つづく ✻ ✻ ✻