エドガー・アラン・ポー【早すぎた埋葬】(1)

【 ポー魔談・第4作目 】

魔談は昨年の6月2日からエドガー・アラン・ポーを語り始めた。彼が生きた19世紀初頭・アメリカ北部都市の40年間(1809 ー 1849)。それはどのような街だったのか。どんな時代だったのか。そのあたりを大いに語り、ついで「モルグ街の殺人」「黒猫」「アッシャー家の崩壊」を語った。この3作を選んだ理由として、以下のような「後世の評価」にも触れた。

・「モルグ街の殺人」→ 世界初の推理小説
・「黒猫」→ 子ども向けリトールド版も出ているホラー小説の世界的名作
・「アッシャー家の崩壊」→ 短編のお手本とされるゴシックホラー小説

いずれの作品も後世の作家に多大なる影響を与えてきた。私が最も好きなホラー映画は「シャイニング」だが、ポーがいなければスティーブン・キングは存在せず、したがってキューブリック監督が「シャイニング」を制作することもなかったと言われている。
上記3作を大いに語って、そろそろポーはお開きにしようかと思ったのだが、1週間ほどあれこれ模索し、「いやいやこの機会なんで(ポー自身が最も怖れた)『早すぎた埋葬』も語っておくべき」という結論。いましばらく「ポー魔談」につきあっていただきたい。

【 4つの戦慄例 】

さて「早すぎた埋葬」。
タイトルを見ただけで震撼、とまではいかないまでも「うわっ、嫌だなぁ」というタイトルの小説や映画がある。わたくしの知る限り最も恐ろしい映画タイトルは「妖婆・死棺の呪い」(1967年/ソビエト)。
どうですこの(いかにもB級以下といった感じの)堂々たる陳腐でおぞましいタイトル。まさに「全世界震撼」もののタイトルだが、これは57年前のソ連初(!)ホラー映画である。ハリウッド発ホラー映画のB級C級に慣れてしまった方は、ぜひ一度御覧いただきたい。この映画には「一種独特のロシアテンポ」とでもいうか、奇妙な時間の流れを感じさせるなにかがある。
私は昔、この映画を池袋の文芸坐で観て(劇場で観たのかい)、あまりの退屈さに三度ほど尻を浮かせかけたのだが、当時は貧乏大学生だったので「いやいや投資分は回収せんと」などといういやらしい貧乏根性でついにエンドロールまで観た。一人で観に行って(一人で観たのかい)まさに正解だった。こんなのに彼女を誘ったら一発でフラれることは(かの有名な「タクシードライバー」の1シーンのように)まずまちがいない。

話を戻そう。
早すぎた埋葬。早すぎた結果、誰がどういう目にあったのか、想像するだに恐ろしい。火葬の国ではこんな心配はまずいらんわけだが、古くから埋葬を常としてきた国では多かれ少なかれ「埋葬」にまつわる恐怖は尽きない。

興味の点はまったく人を夢中にさせるものであるが、普通の小説にするのにはあまりに恐ろしすぎる、というような題材がある。単なるロマンティシストは、人の気を悪くさせたり胸を悪くさせたりしたくないなら、これらの題材を避けなければならない。それらは事実の厳粛と尊厳とによって是認され支持されるときにだけ正しく取り扱われるのである。(原作)

「単なるロマンティシスト」。いかにも面白い「ポー的表現」だと思うがいかがだろうか。これは「Romanticist」。確かに「ロマンティシスト」が元の英語に近いのだが、ほとんどの日本人はちょっと違和感を持つにちがいない。それほど「ロマンチスト」という言葉が小説でも映画でもコミックでも浸透している。「日本ロマンチスト協会」なんてのがあるぐらいだ。
まあそれはそうと、そのロマンチストに「単なる」がついているところが「相変わらずの皮肉屋だよなぁ」と思ってしまうのだがいかがだろうか。

たとえば、我々はベレジナ河越えや、リスボンの地震や、ロンドンの大疫病や、セント・バーソロミューの虐殺や、あるいはカルカッタの牢獄における123人の俘虜の窒息死などの記事を読むとき、もっとも強烈な「快苦感」に戦慄する。(原作)

さてじつに興味深い言葉が出て来ましたね。快苦感!
これはいったいなにか。この言葉はご存知でしたか?
早速調べてみた。快感と苦痛を同時に感じるような心理的作用らしい。うーん。わかるようなわからんような。
例えばこういう状況らしい。自分が死ぬほどの空腹感を感じていても、本当に死にそうな人が目の前にいたので、思わずポケットに持っていた一切れのビスケットをその人に与えてしまった。美談である。確かにこうした状況では「死ぬほどの空腹感」という苦痛を感じつつ「この人は喜ぶに違いない」という快楽を同時に感じることになる。後者を「快楽」と呼ぶことに微妙な違和感を感じるものの、まあそういうことらしい。

さてまたなんだかゾロゾロと「戦慄例」が出てきましたね。1844年、「早すぎた埋葬」が雑誌で発表された当初、この小説を読んだ人々は「ああ、あの悲惨な事件ね」てな感じで即座に頭にそのイメージが浮かんだのだろうか。ともあれ現代の我々日本人にとってそれは無理な話だ。そこでこの際というか、急ぐ旅路でもないので、ここはひとつひとつ丁寧に丹念に調べてみようと思う。なにしろポーが挙げた戦慄例ですからね。魔の芳香がプンプンいたしますな。

(1)ベレジナ河越え
(2)リスボンの地震
(3)ロンドンの大疫病
(4)セント・バーソロミューの虐殺
(5)カルカッタ牢獄における123人の俘虜の窒息死

ポーが例に挙げたこの5事件。これはいったいどういう事件だったのか。次回から詳しく語りたい。

【 つづく 】


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