【 宿命の対決 】
今回はトロイア戦争におけるひとつのクライマックス、「パリス vs メネラオス」の一騎打ちを語りたい。
この男たちの対決というのは、
「トロイア王子 vs スパルタ王」であり、
「他国の王妃を拉致し戦争を巻き起こした張本人 vs 王妃を盗まれて逆上し海を越えて攻めてきた王」であり、
「ルックスは美しい王子と評判だが中身はアホ vs 攻めていくのはまあ当然だが9年間も延々と戦争を続けている暴君」である。
どっちもどっちというか、「アホ王子 vs 暴君」の対決だ。
こんな馬鹿げた戦争に9年間もつきあわされたあげく、疫病感染の不安に怯えている戦場の兵士たちこそ、やりきれない思いだっただろう。アキレスはさっさと(捕虜となった美女のことしか頭にない)アガメムノン(ギリシア軍総大将)を剣で串刺しにしてしまえばよかったのだ。
しかし余計な仲裁に入ったのがアテナ(女神)だった。そのためアキレスはアガメムノンを殺すことができず、怒りまくって戦線離脱した。
これを見た他のギリシア王たちもアキレスに習い、さっさと軍を率いて帰ってしまえばよかったのだ。故郷を離れて9年間も戦ったのだから、もう十分に義理は果たしたはずである。
【 一騎討ち 】
さて本題。「パリス vs メネラオス」の一騎討ち。
この時代の一騎討ちというのはどういう戦い方なのか。
パリスとメネラオスは、それぞれ小石を選ぶ。双方ともほぼ同じ大きさの小石でなければいけない。次に審判がその2つの小石を兜に入れ、ガシャガシャと揺さぶる。するとどちらかの小石が飛び出す。パリスの小石が飛び出した。先に飛び出した方の小石の持ち主に、優先権が与えられる。
なんの優先権か。
パリスとメネラオスは、双方互いに槍と盾を持ってある程度の距離を保ち、向かい合う。「先に槍を投げる優先権」がパリスに与えられたのだ。
「なんとまあ悠長な」と呆れるのは私だけだろうか。なにかの合図で、双方同時に槍を投げればいいではないか。その方が西部劇のように勝負は一気にカタがつくというものだ。「小石による優先権」などという余計な手間をかけずに済む。
いやいや時代が違う。という意見があるのかもしれない。
この時代、「紀元前1500年」という今から3500年も昔のエーゲ海周辺の男たちは、こうした一騎討ちを「イッツ・ショータイム!」のように楽しむ風習があったのかもしれない。この時代から少し後のローマでは、連日のように血生臭い「イッツ・ショータイム!」がコロッセウム(大闘技場)で行われている。映画「グラディエーター」(2000年/アメリカ)を見て戦慄した人もいるに違いない。
さて話を戻そう。パリスが槍を投げた。槍はメネラオスの盾にカーンと当たって跳ね返された。次にメネラオスが投げた。その槍はバリスの盾も鎧も突き通し、パリスの胸に刺さった。パリスは倒れた。
「やれやれ一件落着」とあなたはいま思ったでしょ?
ところが違うのだ。とどめを刺そうとして倒れたパリスに飛びかかったメネラオス。なんとここに妨害者が入った。アフロディテ(女神)である。
「アフロディテ? はてどんな女神であったか?」と思ったあなた。ざっと2ヶ月前の魔談になるのだが、8月26日公開の「絶世の美女へレネ(3)」を御覧いただきたい。ここにこんな一文がある。
「褒美に目がくらんでしまった」のはまあ仕方がないとして、パリスは「私に金のリンゴをくれたら、人間世界で一番美しいヘレネをあなたにあげる」という条件のアフロディテを選んでしまう。
そう、この女こそが、いやこの女神こそが9年間も続いたトロイア戦争の真の元凶なのだ。
かくしてパリスは「女神の助太刀つき」という保証をもらってへレネを奪いに行き、怒ったメネラオスが戦争を始めたのである。
……で、これで正々堂々の一騎討ちの勝負はついた。パリスは討たれて死んでめでたしめでたしと思いきや、またしても余計な手出しをしたのがこの女神。アフロディテは「もや」を起こしてパリスの姿を隠し、どこかへ運び去ってしまった。
「もしもここでメネラオスがパリスを殺していたら、ヘレネはメネラオスの手に戻され、ギリシアから来た王たちは喜び勇んで故郷へ帰れたでしょう。けれども女神アフロディテのおかげでパリスは死なずにすみました。そこでギリシアの軍勢もトロイアの軍勢もまだまだ戦争を続けなければなりませんでした」(ギリシア神話・あかね書房)
こんな話を授業で聞かされた(現代の)ギリシアの小学生たちは。いったいどう思うのでしょうな。
✻ ✻ ✻ つづく ✻ ✻ ✻