【 虎の衣 】
今回はアキレスの話から始めたい。
アキレスはギリシア軍勢の中でもひときわ勇者のホマレ高い男である。しかしアガメムノン(ギリシア軍総大将)の軽薄な言動にあきれはて、最前線から離脱。「ギリシア vs トロイア」戦争の行方を傍観している。さもありなん。私としては「傍観などせずさっさと帰国すればええのに」と思うほどだ。
そのアキレスのところに友人パトロクロスが来た。若いパトロクロスはギリシア軍の苦戦に歯軋りをして悔しがっている。なにがなんでもアキレスに戻ってほしいのだが、アキレスにその気はない。
「あなたがまだ戦いたくないというのなら、私にあなたの鎧(ヨロイ)と強い部下を貸してくれ。私はあなたになりすまして、トロイアのやつらをやっつけてくるから」
(ギリシア神話・あかね書房)
アキレスはこれに承諾する。いかなる心情で承諾したのだろう。それはギリシア神話に書いてない。「断ればええのに」と思うのだが、ともあれパトロクロスはアキレスの鎧に身を包み、アキレスの部下を率いて戦場に向かった。
トロイア軍はアキレスの強さをよく知っている。その鎧と軍隊を見て「アキレスが戻ってきた!」と思いこんだ。戦局優勢のトロイア軍はギリシアの船を押し返し、さらに乗りこんで船を焼いてしまおうとしていたが、大慌てで退却した。
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この類いの戦争談は洋の東西を問わず、昔からあるもののようですな。「三国志」がお好きな方なら、「死せる孔明」あるいは「死せる諸葛」と言えば、「ははあ」とすぐにわかったのではないだろうか。
死せる孔明、生ける仲達を走らす
これは中国の三国志に出て来る有名な戦争談である。
名将・知将として高名な孔明(蜀の宰相)は、仲達(魏の将軍)との対陣中に病死する。蜀は退却を開始。これを見た仲達は「蜀になにか異変が起こったぞ。さては孔明が死んだか」というので追撃する。まあ、そうでしょうな。目の前の敵がなぜか退却し始めたのだ。こんな好機はない。しかし孔明は自分の死後、このような事態になることを予想していた。そのための作戦も部下に伝えていたのだ。
その遺言作戦により、蜀は退却しつつ陣形を変更。大いに反撃する構えを見せた。不安になってしまったのは仲達の方だ。「さては罠か」と様々に疑い、追撃をやめて撤退した。上記「走らす」というのは「怖がって逃げた」という意味である。
【 パトロクロス vs ヘクトル 】
さて本題。
アキレスの鎧で暴れまくったパトロクロス。その前に出てきたのがヘクトルである。前回の魔談でも登場のパリスの兄だ。
ヘクトルは戦車に乗って出てきたのだが、それを見たパトロクロスは石を投げた。石はヘクトルの戦車を操っていた御者に命中。御者は戦車から転げ落ちた。パトロクロスとヘクトルは一騎打ちとなった。
この時、パトロクロスはヘクトルの兜(かぶと)が反射する日光で、思わず目がくらんでしまった。その瞬間、ヘクトルが投げた槍が彼を貫いた。パトロクロス、一巻の終わり。ヘクトルはパトロクロスからアキレスの鎧をはぎとり、それを着てゆうゆうと引き揚げた。
パトロクロス戦死を聞いたアキレス。すぐにヘクトルを殺しに行こうとしたが、鎧がない。アキレスは歯ぎしりをして自分の新しい鎧が完成するのを待った。
✻ ✻ ✻ つづく ✻ ✻ ✻