【 時間どろぼう魔談 】モモ(4)

第4章【 無口なおじいさんとおしゃべりな若者 】

今回は「モモ」の第4章を語りたい。
円形劇場に住み着いた奇妙な少女モモ。彼女は「たぐいまれな聞き上手」で、周囲の大人たちから大いに好かれる。
エンデはとても印象的な説明をしている。

小さなモモにできたこと。
それはほかでもありません。
相手の話を聞くことだけでした。

この話を聞いてあなたはどのように思っただろうか。
私には少々苦い思い出がある。

私は専門学校で講師をしていた時代がある。40歳を機に「講師」という仕事を自分の仕事に追加した。60歳で山奥に移住した時点でやめた。なのできっちり20年間やった。ずいぶん色々と教えてきた。デザイン、イラスト、Mac、デッサン、ルポルタージュ、などなど。
その講師時代に男子生徒から質問を受けたことがある。講義終了直後のことだった。私が説明を始めると、その生徒は(少しせっかちな性格の生徒だった)私の説明を遮るようにして質問を追加した。私は腹を立てた。「人の話を最後まで聞け!」と怒鳴ってしまった。
講師として生徒に怒鳴るなど、あってはならぬことだ。その場ですぐに反省し謝罪したが、その生徒はよほど驚いたのだろう。黙って行ってしまった。
以後、その教室では「レイ先生は怖い」という評判が立った。

その後、私はどのような状況であれ「人の話はちゃんと最後まで聞く。その後に自分の意見を言う」というあまりにも当たり前のこと、これをしっかりと守るように心がけている。

さて本題に戻ろう。
モモは子どもたちからも大いに好かれる。「ただ一緒に遊ぶだけ」なのに、彼女が加わると、子どもたちの「ごっこ遊び」はファンタジー世界に飛びこんだ大冒険となるのだ。このあたり、モモの円形劇場生活はじつに順調なスタートをきった感じだ。

第4章では、顕著なキャラクターがこの物語に追加される。モモにとって最も大切なふたりの男が登場する。モモが年頃の娘であれば、この男たちの登場は少々やばい感じの定番展開を予想させるのだが(笑)、この物語はそうではない。モモはまだ少女であり、新登場のふたりは、無口で地味な老人と多弁のチャラオ系青年。
仕事として道路掃除を地味に愛する寡黙な老人ベッポ。
口からでまかせの観光ガイドで旅行者を煙に巻く青年ジジ。
どう考えてもこのふたりが仲良しになるはずはないのだが、モモを真ん中にはさんで、ベッポとジジはじつに仲良しだ。対照的ではあるが、対立はしていないのだ。

【 灰色の男たち 】

しかし……と、第4章ではついにこの物語に暗い影が忍び寄ってくる。
モモ、ベッポ、ジジと役者が揃ったところで、街にじわじわと現れ始めた奇妙な「灰色の男たち」。
灰色の丸い帽子。灰色の顔でくゆらしている灰色の葉巻。灰色のスーツ。灰色のかばん。
ここまで灰色にこだわったルックスだ。人数もじわじわと増えているというのだ。さぞかし目立つだろうと思うのだが、エンデは言う。

彼らは気味の悪いことに、
人目をひかない方法を心得ているため、
人々は彼らを見過ごしてしまうか、
見てもすぐに忘れてしまうかです。(原作)

「そんな馬鹿な」と思うのだが、人の少ない田舎町ならともかく渋谷のスクランブル交差点あたりを連想するならば、灰色どころか全身ピンクづくめでも誰も気に止めないだろう。
ともあれこの第4章では、ベッポとジジという「はっきりした個性」を持ったふたつのキャラクターが登場したその直後に、まさに真逆とも言うべき「はっきりしない存在」の灰色の男たちが登場する。エンデはこの物語の章タイトルだけでなく、その展開でも「対立関係」コンセプトを明確に配置しているように思われる。

この章の最後で、灰色の男たちはとうとうモモの近くに現れる。
ある晩、円形劇場の一番高いところに現れた灰色の男たち。互いに合図をかわし、ついでなにかを相談し、そして消え去った。
モモはじっとその様子を見ていた。その夜は、彼らが去った後も、モモはこれまでに味わったことがないような厳しい寒気に襲われた。しかし次の日には忘れてしまう。

そうかモモさえも忘れてしまうような存在の……というよりも、彼らはなにか術をもっているのだろうかとさえ疑うようなエピソードで、第4章は終わっている。まさに「ハッピー」という名の熱いココアに冷水を注がれたような登場だ。さすがはエンデ。

【 つづく 】


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