【 時間どろぼう魔談 】モモ(3)

第3章【 暴風雨ごっこと、ほんものの夕立 】

今回は「モモ」の第3章を語りたい。
ここまで
第1章【 大きな都会と小さな少女 】
第2章【 めずらしい性質とめずらしくもないけんか 】
……と見てきて、「ははあ、なるほど。エンデは章タイトルにちょっとしたこだわりがあるような」と思うのだが、いかがだろうか。あきらかに対立するふたつの言葉。第1章と第2章は、一見してその対比は明白だ。第3章ではどうか。この章を読んでみるとその対立はじつによくわかる。つまり「ごっこ遊び」をしようとする子どもたちにとって最大の敵は「夕立」なのだ。

さて第3章は子どもたちが円形劇場に集合してモモの帰りを待っているシーンから始まる。モモはどこに行ったのか。

モモはよくするように、今日も近所をぶらつきに出かけていたのです。(原作)

モモには「徘徊」(はいかい)あるいは「逍遥」(しょうよう)の癖があるらしい。
これは普通に物語を読んでいるときは「ああそういう子なんだ」てな感じですっと理解して流してしまいそうな部分だが、エンデをよく知る人にとっては思わずニヤッとくる部分かもしれない。……そう、エンデは徘徊をこよなく愛していた。深い森の中に入って2時間も3時間も徘徊し、周囲の人々を不安にさせたそうである。もしや森の中で迷ってしまったのではないかという心配だ。

もちろんそれはエンデ自身にとっても不安でないはずはない。しかし「森の徘徊」にはそこでしか得られない、その行為でしか得られない貴重な宝物があるのだろう。

森で迷う。山で迷う。これには独特の恐怖感がある。
私にも経験がある。深い森ではないが、穂高の山中で迷ってしまったことがある。単独だった。太陽の位置を慎重に確かめ、地図を出し、コンパスを取り出して何度も方向を確認したのだが、どうもよくわからない。
通話のみのガラパゴス系携帯は持っていたが、まだスマホはなかった時代の話である。いまならスマホひとつで現在地はすぐにわかるだろう。そうした心配は(バッテリーの心配がないかぎり)皆無にちがいない。
結局、私は不安で押しつぶされそうになりつつ2時間程山中をさまよったあげく、ついに「どうもコンパスがおかしい」と気がついた。長年にわたり信頼しきってきた愛用コンパスである。陸軍用の頑丈この上ないコンパスなのだ。それがどうもおかしい、信頼できない。それを確信した時の呆然自失感。
じつは今でもそのときに迷った原因はわからない。証拠も確証もないが、私の推測では「近くの岩あるいは地下に巨大な鉄の鉱脈が隠れていたのではないか」と考えている。それで磁石が微妙に狂ったのだ。
その体験をした後、私の内部で奇妙な変化が起こった。「ああやれやれ、もう二度とあんな体験はごめんだ」ではなく、「あの時の体験はじつに貴重だ。あの体験あってこそ、その後は森の中で好きなように歩き回れる度胸がついた。また注意力も増した」と考えるようになった。

エンデがこよなく愛した森の徘徊。
彼はそこからどんなことを得ようとしたのだろう。
「森の徘徊」が「森の散歩」と違う点はなにか。散歩は気晴らしや適度の運動が主な目的だ。「思索」という要素は入ってこない。
エンデが切に求めていたものはまさにここにあるのだろう。歩行によって適度に体を動かし、森の静寂や芳香や木漏れ日を愛でながら思索を深めていく。彼にとってはそれがなにより大事だったに違いない。思索にとって最大の敵は邪魔が入ることである。それによって思索が中断されることである。なので「森の徘徊」にとってなにより重要な条件は「ひとりでいる」ことなのだろう。

【 航海ごっこ 】

さて話を戻そう。
モモの帰りを待つ子どもたちは、なにか刺激的な「ごっこ遊び」をしたい。しかしモモはいつ戻るのかわからず、しかも空には黒い雲がどんどん拡大している。まもなく夕立がやってくることはまちがいない。「帰ろうかな」と言い出す子が出て来るが、モモなしで「航海ごっこ」をやろうということに。ところがなかなかうまく開始することができない。
そこへモモが帰ってきた。

ここから先のエンデのテクニックがなかなか。さながら全く新しい物語が始まったかのように「研究船アルゴ号」の冒険談が始まる。
この冒険談は今後の「モモ」の本筋になにか影響を及ぼすものではなく「子どもたちは航海ごっこでこんな大冒険をしました」といった内容なので、ここでは特にその内容説明をする必要はないと思う。気になる方はぜひ原作を楽しんでいただきたい。
ともかくモモが帰ってきた。彼女が「航海ごっこ」に加わることで、子どもたちの想像力は一気に花が開きすばらしい大冒険が生み出されたのだ。

エンデは言う。それはモモがリードしたからではなかった。モモはただみんなと一緒に遊ぶだけだった。なのにモモが加わると、みんなの頭には素敵な遊びがひとりでに浮かんできた。

第3章はここで終わる。
第1章で円形劇場に住み着いた奇妙な少女。
第2章で周囲の大人たちはモモに魅了される。長年に渡り喧嘩を続けてきた二人の男が仲直りをする。
第3章では子どもたちの「ごっこ遊び」が一気に花開く。ファンタジー世界に入った子どもたちの冒険が熱く語られる。
モモの不思議な魅力は次第に説得力を増し、読者に並々ならぬ期待を持たせてきた感ありである。

エンデが別の本で面白いことを語っている。

私の考えでは、ファンタジーというものは現実から逃げるための手段ではなく、現実に到達するためのほとんど唯一の手段です。(ミヒャエル・エンデ『三つの鏡』)

【 つづく 】


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