棺桶人形(2)

【 講師という立場 】

私は40歳になった時点で、「フリーデザイナー」という肩書きに「専門学校講師」という仕事を追加しようと思い立った。特になにか格別の志があったわけではない。「週に1回や2回ぐらいなら、教壇に立ってデザインを論じるのも悪くない」と思ったのだ。幸いというかすでに講師をしている友人デザイナーもいたし、首都圏の専門学校を調べてみたいという意欲もあった。そこでリサーチを開始し、話はスラスラと進み、半年後には教壇に立っていた。

以来、61歳までざっと21年間、あちこちで専門学校の講師をしてきた。生徒は18歳から22歳あたりがメインで、8割から9割が女性だった。私が教えていたコースはグラフィックデザインコースやイラストレーションコースだったが、デザインにしてもイラストにしてもなぜ圧倒的に女性の方が多いのか。この理由についてはいまだによくわからない。「もう少し男の生徒がほしいところだが」といつも思いながら教壇に立ってきた。

ともあれ生徒数と種類については非常勤講師に選択はできない。「このクラスのMacデザイン講義をお願いします」と言われれば応じるだけだ。
一方、学校にとっては生徒数は多い方がいいに決まってるわけで、たとえば「Macデザイン講義」であれば、Macルームに設置されているMac30台に対しきっちり30人の生徒を確保しようとする。「Macは複数の人間が操作すると必ず妙なトラブルが発生します。そのため1台とか2台は予備のMacとして教室に置いておきたい。トラブル発生の生徒には即座に予備のMacを使わせるようにしたい」と何度も職員に伝えるのだが、「わかりました」と快諾しておきながら、新学期が始まってMacルームに行ってみると、きっちり30人の生徒が待っていたりする。「またきっちり入れやがったな」と内心で苦笑しながら講義を始める。始まってしまったクラスの人数を減らせというわけにもいかない。いつもそんな感じだ。

このようなコースなので、生徒は必然的に「絵を描く子」が多い。まあそれはいいことなのだが、「絵を描く子」には他者とのコミュニケーションが苦手な子が多い。おそらくはなんらかの理由があって、友人たちと外で遊ぶよりも自宅でひとりで絵を描いていた方が楽しい、という子が多いのだろう。「引きこもり」経験者だったり、現状としても「(専門学校に通学する以外は)ほとんど引きこもり」なんて生徒もいた。こうした内向的な子、他者との接触を(それがクラスメイトであっても)避ける子、そうした生徒には「Macの技術を教える以前に、この子にはもっとメンタルのケアが必要だ」と思うような場がじつに多かった。しかしもちろんそれもまた講師がとやかく言い出す問題ではないし、とやかく言い出したところで、学校サイドとしても「どう対応したらいいのかわからない」というのが本音だろう。

講師としての私がせめて心がけたのは、「生徒の話を聞く」ということだった。ただ聞くのではなく、真剣に聞く。それだけのことだったが、それだけのことで私はいつしか生徒の間では人気を博し、学校からはたびたび注意を受ける問題講師となった。「講義内容以外の件で生徒から相談を受けるのはよろしくない」というのが学校サイドの見解なのだ。そのくせ個人面談はなるべくやってほしいという希望も聞いていた。学校サイドの言いたいこともなんとなくわかるので「わかりました」と私も応じた。しかし実際は全然わかっていなかった。

【 ゴスロリ 】

愛美が彼女の属するファッションデザインコースのクラスで完全に浮いた存在であることは、薄々わかっていた。30人ほどのそのクラスは男性がひとりもいないクラスだったが、クラス内で3人とか4人とかで仲よしグループをつくってつるんでいることは、これはもう教壇の位置からそれとなく教室の雰囲気を眺めていると、次第にわかってくる。
全員が着席している状況では、それはわからない。しかし机を動かして教室の中央を広く空け、そこにモデルとなる生徒を座らせ、他の生徒たちは(自分で決めた場所で)立った状態でクロッキーブックにデッサンさせるときなど、生徒たちの様子を眺めていると、すぐにわかった。

愛美は誰とも一言も口をきかなかった。彼女はいつもひとりでいた。とはいえ、それはどこのクラスでも「よくあること」だったし、学校職員でもなくコース担当講師でもない私がどうこうと関知すべき問題じゃない。その理由にしても特に興味はなかった。ただ愛美のファッションには多少の興味があった。彼女はいわゆるゴシックロリータだった。ゴスロリにもおそらく色々な種類があるのだろうが、愛美の場合は「黒ずくめ」という表現につきるファッションだった。

他の子たちはみな「さすがはファッションデザインコース」と笑ってしまうようなルックスだった。愛美と対照的なピンクロリも2人いた。
教室でただひとりのゴスロリは、派手で軽薄で陽気なカーニバル会場に紛れこんだ一羽のカラスのようだった。しかしそのカラスはクラスでTOPレベルのデッサンを描いた。抜群の描写力だった。しかもそのカラスはデッサンの技術獲得に貪欲だった。彼女は自分の腕よりも私の方が上だと思ったらしく、私が描く時には、クラスメイトを押しのけるようにして私のすぐ傍にきた。講義が終わると必ず私のところに来て私のデッサンをもう一度見せてほしいと言った。

【 つづく 】


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