【 時間制限 】
話を個別面談に戻そう。
愛美と私はマンツーマンで面談していたが、私はふと壁に設置された丸い時計に視線を走らせた。じつは専門学校の規定では「個別面談は15分」と決まっていた。以前から私は「カウンセリングじゃあるまいし、なんでひとり15分」と不満を持っていたのだが、ともかくその時間制限は知っていた。知っていた以上は非常勤講師として守らなければならない。
愛美は私の視線をすぐに察知した。
「次の人がいるのですか?」
「いや……」と反射的に答えたものの、言葉に詰まってしまった。次の個別面談予定者はいなかった。本当はいたのだが、その日はファッションデザインコース担当の職員が欠勤していた。そのため学校サイドは私に対し、「すいませんが、ひとりだけやってください」と伝えてきた。「中止じゃないのか? ひとりだけ? どういうことだ?」と妙に思ったしその生徒が誰なのか私は知らなかったが、それが愛美だと知った時点でなんとなく「……ははあ」といった了解気分になった。
しかしそのあたりの「なんとなく察知できる理由・しかたなく引き受けざるをえない立場・苦笑まじりの了解」といった微妙な空気など愛美に説明できるはずがない。言葉に窮し私が黙っていると、愛美はかすかに笑った。私の心の内、その葛藤などとっくに見抜いているとでも言いたげな声のない笑いだった。
「もう少しだけ、いいですか?」
私は同意した。たぶん面談時間の超過に気がついた職員が、この会議室に来るだろう。「先生、すいません。個別面談はひとり15分という決まりなんです」と告げるだろう。その時点でとぼけて「ああそうでしたね。うっかりしてました」とでも笑って謝ればいいだろう。そう思った。その日の私の講義はもうなかったので、その点でも気分的に楽だった。この奇怪な面談が終わったら、後は帰るだけだ。
続行を希望しておきながら、愛美は自分からはなにも言い出さなかった。ふたりとも黙っているわけにはいかない。
「この子なんだけど‥…」私は机上の写真を人差し指で軽くトントンとたたいた。「死んじゃって幸せ、といま言ったよね」
「はい」
「……じゃあ、生きてた時代もあったわけだ」
「そう」
「買った時は? すでに死んで、棺桶に入って、それがパッケージになっていたんじゃないのか?」
私は愛美の表情をつぶさに観察しながら会話を、質問を、ゆっくりと慎重に重ねた。内心では「すごく微妙に表情を変える子だな」と驚嘆していた。「薄気味悪い」の一歩手前とでも言おうか、彼女のクラスメイトたちのあけっぴろげで奥行きのない(年齢相応の)ケラケラ笑いとはまるで真逆の、なにかが、どこかが歪んだまま水面下で温存されているような表情だ。
その表情は私の質問、「買った時点で」のあたりでサッと固まった。それまでのかすかな微笑は跡形もなく瞬時に奥に引っこみ、蝋人形のように冷たくツルンとした真顔になった。
「ははあ、この言葉が気に入らなかったか」と察知したが、全く気がつかない無神経を装うことにした。
「お迎えしたときは……」と彼女はさりげなく言い直した。なるほど「買った時」がまずかったのか。「お迎えした時」でなくてはならない。
「……まもなく死ぬと聞きました」
再び私は言葉を失った。
【 つづく 】