【 お迎え 】
じつを言うと愛美の「お人形さんごっこ」に対しどこまで真面目に話を聞いたものか、私にはわからなくなっていた。講師としての職務からはすでにかなり逸脱している。逸脱どころか、こんな場を学校関係者に知られてしまったら即刻契約解除ものだ。そんな形で講師を辞めたくはない。2本目のギネスを飲んでしまったら「まだ仕事があるので」とかなんとか言ってフライドポテトを彼女に譲り、さっさと店を出てしまうという手もある。
さまざまな雑念や感情が頭の隅でチカチカと明滅していたが、彼女の説明に興味を持ってしまう自分もまた抑えることができなかった。
「いま、人形師から買った、と言ったよね」
「はい」
「……それはお迎えした、という言葉とイコールじゃないのか?」
愛美はすぐに答えなかった。彼女の内部でなにか葛藤があるのかもしれない。この話を私にしていいのかどうか、若干の迷いがまだ残っているのかもしれない。ギネスを軽く一口飲んだ。私は黙って返事を待った。
「人形師からは、買うのです」
声が微妙に一段低くなったように感じた。
「それは人の形だけです。魂はまだ入ってないです」
3本目のギネスが来た。私はフライドポテトの器を軽く彼女の方に押し出した。
「よかったら」
彼女は微笑してうなずいた。
「魂は別のところで入れてもらうのです」
ふと感じたことがあった。全くの直感。なんの根拠もないが、ギネスの力で言ってしまった。
「その人形師なんだけど……あまり好感を持ってないのか?」
愛美はハッと驚いた表情をした。反射的になにかを言おうとしたが、かろうじて言葉を飲みこんだ。
「ちょっと嫌なことがあって……」
人形師は「人の形」をつくる技術はあっても、それに魂を入れることはできない?
あるいはできたとしても、愛美がそれを拒絶したのかもしれない。その人形師は男だろうか。なんとなく男のような気がする。愛美が人形を買おうとした時点でなにかしら「嫌なこと」があったのかもしれない。その人形師についてもっと聞きたかったが、やめた。別の話題にした方が良さそうだった。
「……で、別の人がその人形に魂を入れた?」
「はい。魂を呼んできました。その時にお迎えするかどうか、決めるのです」
「ああなるほど。別のところで別の人が魂を呼び、その人形に入れた?」
彼女は微笑してうなずいた。人形専門の霊媒師みたいな人がいるらしい。世の中には色々な職があるものだ。
「……で、その人が〈その子はまもなく死ぬよ〉と言ったのか?」
「はい」
混乱一歩手前のような気分だった。私はギネスを一口飲んだ。
「ちょっと整理していいかな?……人形師から人形を買った。その人形を別のところに持ちこんで、魂を入れてもらった。…‥で、お迎えしようとしたら〈その子はまもなく死ぬよ〉と?」
「はい」
「つまりそれは……せっかく入れた魂がまた出ていってしまうということなのか?」
「はい」
「うーん。そんなんじゃ入れる前に逆戻りじゃないか」
愛美はうっすらと笑った。私にはその微笑の意味がわからなかった。
【 つづく 】