グアナファト魔談(1)

【 謎のメモ 】

今回は前回で完結した「棺桶人形」の話から始まる。とはいえ「棺桶人形」の余談編をやろうとかそういうのではない。
じつは「棺桶人形」の話を書き進めていた時期、当時の日記や雑記を詳しく調べているうちにいくつか面白いメモを発見したのだ。

遠い昔のメモとか走り書きというものは面白い。それを紙に記した理由を一瞬で思い出すこともあれば、なんでその言葉を紙に書いて残そうとしたのかさっぱりわからないこともある。20年前、30年前に自分が書いた筆跡をじっと睨んでみる。忘却の闇から記憶の片鱗がゆらゆらと浮かんで来ないか期待してみる。ダメでもすぐにはあきらめない。数日間かけてやってみることもある。しかしなにも浮かんでこない。「まあその程度のこと」と済ませてしまってもよいのだが、どうも気になる名称とか図形とか、そういうのがある。

今回、そうした意味不明の言葉の中で私がふと目を止めたのは、「グアナファト」という走り書きだった。それは棺桶人形を実際に見た翌日に記していた。その日はまだ余韻や疑問が引き潮の浜に残された貝殻のようにあちこち残っていたらしく、前夜に続きあれこれと棺桶人形に関することを書いている。ところがそのすぐ脇の欄外に「深入り禁物」とメモしている。興味は持続しているものの、なにかやばいものを直感的に察知していたのかもしれない。私はひとたび興味を抱いたものは納得するまで調べるタイプなので、この結末、つまり自分でブレーキをかけて突き進みたい興味を制動したのは珍しい。
ともあれそのような気分なり感慨なりを連綿と書いているのだが、そのページの右隅に「グアナファト」とメモしていたのだ。それが棺桶人形となにか関係があるのかどうか、全く記憶がない。どうしても思い出せない。
今回はこの「グアナファト」を数回に渡って語りたい。

【 グアナファト 】

さてグアナファト。かすかに胸騒ぎを感じるような期待があり、さっそく調べてみた。
「人名か?」と推測したのだがそうではなく、メキシコの町の名前だった。ちょっと面白いのはその名の由来だ。先住民族タラスコ族の言葉で「カエルのいる山間部」が語源だと言われている。なかなかユーモラスな名前だ。

この町は1988年、ユネスコ世界遺産に登録されている。メキシコ観光に詳しい人なら知っているかもしれない。歴史は古く、かつて銀鉱で大いに栄えた時代もあり、メキシコ独立戦争の舞台でもあった。町のあちこちにバロック様式の教会をはじめ「スペイン植民地時代の名残」といった建物が残っている。またカラフルな家々は観光用の絵葉書にもなっている。メキシコでは有名な町なのだ。

ここまでの説明では、じつに平和的で魅力満載の観光都市であるように思われる。もちろんそれを否定するつもりはない。しかしこの町にはちょっと風変わりなダークサイドがある。それがミイラ博物館。ここには19世紀から20世紀にかけて自然保存(!)された100体のミイラが展示されている。誰がなんのためにそんな博物館をつくったのか。
グアナファトの文化局長がAFP(世界3大通信社のひとつ)に語った説明。
「このように展示しようと誰が決めたのかわからないが、何年も前からこうなっている」

これが文化局長たる要職にある人が通信社の記者に語る説明だろうか。誰が創設したのかわからない。いつからやってるのかわからない。結局、なにもわからんということだ。信じがたいアバウトさというほかない。私のような男は「隠してるな。言いたくないんだな」と思わず疑ってしまうような説明だ。

ところで前述した「自然保存」。これはどういうことか。つまり自然にミイラ化した遺体ということらしい。人的な処理、つまり包帯や防腐処理などは全く施されていない。なぜそんなミイラが100体も展示されているのか。遺体はどこから来たのか。グアナファト住民や観光客はこの奇怪な博物館をどう思っているのか。次回はそのあたりを探ってみたい。

【 つづく 】


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