【 日本史魔談 】魔界転生(3)

【 復讐するは、我にあり 】

前回は天草四郎を語った。今回は魔界に転生した天草ジュリー四郎が、仲間を求めてまず最初に口説きに行った細川ガラシャを語る予定だったのだが、その前に語っておきたいことができた。そのため細川ガラシャは次回に回したい。新年の第1回目から相変わらずの「寄り道魔談」だが、どうかおつきあい願いたい。

じつは映画「魔界転生」を観ていてちょっと気になるセリフが出てきたのだ。他でもない天草ジュリー四郎が幕府に復讐を叫ぶ冒頭シーンである。
「復讐するは、我にあり」
このセリフ、「はてどこかで聞いたような」と思いつつ、その場では映画の進行に気を取られて、それを追求する余裕はなかった。

私は映画が大好きだが、このようなとき、映画は停止する気分になかなかなれない。観ていてなにかが引っかかることがある。それは俳優のセリフかもしれないし、そのシーンの雰囲気かもしれないし、画面で一瞬見えた「なにか」かもしれない。あるいはバックミュージックや効果音かもしれない。しかし画面も音楽も物語もどんどん進んでいくので、「なにが気になったのだろう」などと追求して考える余裕などあるはずがない。やむなくその件はちょっと置いといて映画の進行に集中する。そして映画を見終わって「あー、面白かった」とじわっと来る感動の余韻を味わっている時には「なにか引っかかったこと」なんてキレイさっぱり忘れている。なんてことがしばしばだ。
歳をとっても、観たい映画が次々に出てきても、やはり「読書時間を削ってはいけないな」と思うことが最近は多くなった。読書ならばいつでも中断できる。「なにか引っかかったこと」を心ゆくまで存分に調べることができる。この違いはとても大事なことのように思う。

本題に戻ろう。「復讐するは、我にあり」
たとえば「これ、どういうこと?」と聞かれたとしよう。あなたはどう答えます?
私はただ漠然と「もう我慢ならねえ。私は復讐に邁進するぞ」てな意味なんだろうと思っていた。天草ジュリー四郎が落城直後の惨劇シーンでそう叫ぶのを観て、そう思ったのだ。しかしなにかが引っかかったので、調べてみた。すると(面白いことに)全く違いましたね。なんとこれは新約聖書に出てくる言葉だったのだ。

「主いひ給ふ、復讐するは我にあり、我これに報いん」(ローマ人への手紙・第12章・第19節)

主とは誰か。当然ながらイエスである。イエスは「復讐をするな。復讐はわたし(神)の怒りにまかせるのだ。わたしが報いをするであろう」と言っているのだ。ネタニヤフさん、聞いてます?
「もう我慢ならねえ。私は復讐に邁進するぞ」などと神の忠告を無視した行動に出ると、結局は神の怒りは復讐者の頭上に炸裂するのかもしれない。

【 復讐に生きる 】

それにしても人類が生み出してきた古今東西の物語で「復讐」がテーマあるいは「隠れテーマ」になっている物語が、なんと多いことか。
私が今回の人生で最初に観た映画館上映映画は「海底二万マイル」(ディズニー映画)だった。当時38歳の父が8歳の私の手を引いて映画館に連れて行ってくれたのだ。じつに60年前のことだが、強烈な体験として記憶に残っている。
この物語を知っている人は御存知だろうが、(この映画の準主役というべき)無敵の潜水艦ノーチラス号を操って世界中の軍艦を沈めまくっているネモ艦長は「復讐に生きる人」なのだ。彼は艦内に客人として招いた(招かなければ溺れていた)海洋学者にこんなことを言っている。
「あなたには想像できないことだろうが、心を復讐で満たして生きていくこともできるのだ」
それを聞いた海洋学者はちょっと絶句し、やがて言う。
「気の毒に。復讐に生きるとは」

日本ではどうか。毎年12月になると「必ずどこかの民放でやってる」と言ってもいいほどの御存知「忠臣蔵」。これもまた復讐劇である。日本人は「我慢して我慢して、ついにキレる」という設定が好きなのだろうか。

復讐は聖書にあるとおり、やってはいけないことである。神に任せるべきことである。にもかかわらず、これほど物語や映画やお芝居で繰り返し語られるのはどうしてだろう。やはりそこには「願望充足」があるのだろう。「なんて悪いヤツだ。やったれー」欲求が満たされた時、人はスカッと爽やか気分になるのだろう。

復讐をやり遂げた主人公は、その後はなにを楽しみに生きたらいいのかわからなくなるほどに、虚しい気分を味わうに違いない。復讐は結局のところ不毛だ。しかし観客として(読者として)観ている人間は、その復讐劇は自分に被害が及ぶことではない。だからこそ「あー、面白かった」という願望充足を得て平穏無事な生活に戻っていくのだろう。

【 つづく 】


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