【 日本史魔談 】魔界転生(10)

【 第六天魔王 】

ふたつ前の魔談「魔界転生 8」の最後でも予告しているが、今回は信長と伊賀衆の戦いを見ていきたい。……そう。信長は忍者とも戦っていたのだ。あなたは御存知でしたか。私は知らなかった。「へえ、そうなんだ。信長はホントに色んな敵と戦っていたんだな」と改めて思った次第である。

さてその信長。
「1人を殺せば殺人者、1000人を殺せば英雄」というブラックジョークがある。洋の東西を問わず古来から英雄とされてきた男には、これに当てはまる男が何人かいる。日本ではどうか。戦さであれ虐殺であれ、日本史上最も多くの人間を殺した男はだれか。詳しく調べたわけではないが、信長がそうかもしれない。当時の仏教の総本山たる比叡山を山ごと焼いた時は、僧兵や僧侶だけでなく、女子供まで皆殺しにした。その数ざっと3000人。

それにしても当時の比叡山は女人禁制であったはず。なのに女がいたとはどういうことか。そのあたりを詳しく調べていくとおそらく当時の比叡山の堕落退廃ぶりが見えてくるのかもしれない。ともあれ「みな殺せ!」ということになった。比叡山が燃え上がるのを見た京の僧侶たちは信長を「天魔」と呼んで震え上がったそうである。

余談その1。
天魔といえば、信長は自らを「第六天魔王」と名乗ったという話がある。比叡山焼き討ちを知った武田信玄が非難の手紙を信長に送ったところ、信長は返書でそう名乗ったというのだ。しかしその証拠となる書状は残っていない。ルイスフロイス(イエズス会)の手紙の中に「信長は第六天魔王を名乗った」と書いてあるそうである。

余談その2。
その信長が、JR岐阜駅の正面広場に立っている。全身金ピカの像である。なぜ金ピカなのか。
私は興味を持ったものは徹底的に調べる(& それをエッセイにする)ことで脳の老化を予防しているつもりなのだが、この件は調べる気分になれなかった。調べたところで、おそらく唖然とするような陳腐な理由であろうとなんとなく予想したからだ。たとえ1分でも数分でも「調べる」という行為に時間を割く以上、その経過なり結果なりに最低限の手応えとでもいうか、そういうものがほしい。そういうものを求めて日夜あれこれと調べている雑学男にとって、がっかりする理由ほど腹立たしいことはない。なので長いリサーチキャリアの間に「ははあ、これは大した理由じゃないな」というものは半ば直感的に予想するようになった。金ピカ信長にはその類の匂いがじつに濃厚なのだ。

【 信長 vs 伊賀忍者 】

さて本題。
信長はなぜ伊賀忍者と戦うことになったのか。
じつはこの戦いは、信長が自ら起こした戦さではなかった。では誰が起こしたのか。彼の次男、織田信雄の不始末から起こった戦さだった。

織田信雄

順を追って見ていこう。
(1)信雄は北畠家(伊勢の名門)の養子となった。
(2)1576年、信雄は北畠一族を暗殺。伊勢を掌握。ついで伊賀の領国化を狙った。
(3)1578年、伊賀の郷士、信雄を訪れて伊賀への手引きを申し出た。
……なんと伊賀衆の中で裏切り者が出てきたのだ。
信雄を恐れたというよりも、その背後にある信長の勢力を恐れたのかもしれない。

(4)1579年、信雄は伊賀攻略に着手。その拠点となる丸山城を築城。
(5)驚いた伊賀衆は「築城完成までに攻撃すべし」と集議一決。忍者たちが総攻撃を開始。
(6)連日のように夜襲を受けた丸山城守備隊は混乱。総崩れ。伊勢に敗走。
(7)怒った信雄は、信長に相談せず8000の兵を率いて伊賀に侵攻。
(8)伊賀衆は各地で抗戦。信雄軍はまたもや伊勢に敗走。
……いかに忍者が強かったか。いかに信雄がアホだったか。というほかない。

(9)1580年、信長激怒。(当然ですな)
(10)信長は「親子の縁を切る」と書状を送るほど激怒。しかし怒りを抑え、大軍を準備。
(11)1581年、5万の兵で伊賀に侵攻。織田信雄が総大将。(さすがの信長も息子には甘い)
(12)伊賀は壊滅的打撃。9万人のうち3万人が戦死。生き延びた伊賀衆は周囲に離散。

それにしても信長の存在が大きすぎたせいか、彼の周囲の織田一族がみな霞んで見えてしまうのは、歴史上の皮肉と言うべきだろうか。
海音寺潮五郎は(司馬遼太郎との対談で)こんなことを言っている。
「信長の弟の信行、信長の子供の信忠、信雄、信孝、みなアホウですよ。信長の叔父たちもみな凡人ですよ。その中で信長一人があんなふうに偉かったというのは、これはやはり血統的に見て一種の狂い咲きだと思います」

【 つづく 】


電子書籍『魔談特選2』を刊行しました。著者自身のチョイスによる5エピソードに加筆修正した完全版。専用端末の他、パソコンやスマホでもお読みいただけます。既刊『魔談特選1』とともに世界13か国のamazonで独占発売中!
魔談特選2 北野玲著

Amazonで見る

魔談特選1 北野玲著

Amazonで見る

スポンサーリンク

フォローする