【 魔談490 】叡山魔談・三大魔所

【 比叡山三大魔所 】

比叡山にも修行僧たちが「魔」と恐れるような一角はあるのだろうか。じつはある。その名も「比叡山三大魔所」。なんと3箇所もあるというのだ。

「そのうちのひとつに行ったことがある」とくまさんが話してくれたことがあった。
「いや正確に言うと、途中まで行って引き返したことがある」
「修行の合間に行ったん?」
私の質問に彼は笑った。
「まさか。叡山でいったん修行に入ったらな、24時間が修行や。修行の合間に、なんてのはあらへん」

修行僧として叡山に入る前年の夏、くまさんは単独で(観光客として)叡山に登った。リュックサックを背負って、気の向くままに叡山のあちこちを巡り歩いたことがあった。その時に(長年にわたり叡山の歴史を調べているという)年配の観光客から「叡山三大魔所」の話を聞いたという。

かりにその年配観光客をTさんと呼ぼう。Tさんは京都在住の郷土歴史研究家で、長らく高校の日本史の先生をしていたという人だった。
Tさんは叡山の地図を広げて見せながら、「この近くに天梯権現祠(てんだいごんげんほこら)というのがあってな」と説明してくれた。Tさんはその「天梯権現祠」を目指して途中まで行ったことがあるらしいのだが……。
「なんやらけったいな雰囲気になってきてな」
夏の昼間でも薄暗い林道(というよりほとんどケモノ道)を進みつつ、このままひとりで行くのはやばいという気分になった。目的地まで行くのは断念して途中で引っ返したそうだ。

くまさんはその話に興味を持った。
「そもそもなんでそこが魔所なんです?」
「なんでもその祠(ほこら)のあたりに昔から天狗が住んでおってな、叡山と天台山(中国)を行き来しておるという話や」
Tさんは「天梯権現祠」を目指して山道を歩いているうちに、途中ですっかり朽ち果てた御堂を見かけた。そこにあった亀の石碑をじっと眺めているうちに、そのあたりに漂う奇妙な雰囲気を感じたという。
「なんやらくたびれた御堂と、けったいな亀でな」

くまさんはその亀を見たいと思った。そこでTさんからその場所を念入りに聞いたのだが……。
「あんた、ひとりで行くのか?」
「そうです」
「……途中でな、なんやらけったいな雰囲気になってきたらな、そこから先に進んではいかん。迷いなく引き返した方がええ」
「わかりました」

かずくんがパッと手を上げた。なんか質問かと思ったら、そうではなかった。
「こういう話な、あかんねん」
くまさんは笑った。
「せやせや、かずくんは怖い話はあかんのやったな」
しかし私は続きを聞きたかった。
「ぼくはもっと聞きたいです」
「ええよ」
かずくんは竹箒を持って倉庫の方に(逃げて)行った。くまさんは(かずくんの背中を見ながら)ちょっと迷っているような様子だったが……。
「まあええか。この話もな、もうちょっとで終わりや」

くまさんはTさんと別れてその方向に向かった。山道は次第に細くなった。周囲の鬱蒼と茂った森は日光をさえぎり、細い山道でさえ時々判然としない有様だった。
「なんやら薄暗い道でな。気味が悪いというか、この道はひとりじゃちょっとキツイ、と思い始めた時やった」
周囲を見ると、草に埋もれ、苔むした墓石がゴロゴロと転がっていた。相当に古い時代の墓石のようだった。
「さすがにぞっとしたな。なんでこんなところに、なんて思うわな。……で、引っ返そうかと迷いながらふと前方を見るとな」
朽ち果てた御堂が見えた。
「あ、あれが亀堂かもしれん」というので、とりあえずそこまで行くことにした。

亀堂は「天梯権現祠」に行き着く途中にあると聞いていた。くまさんとしてはもともと「天梯権現祠」まで行こうという気はなく、亀堂にある「なんやらけったいな亀」の石碑を見ることができれば満足だった。
「……確かに、奇妙な亀やったな」


彼はその亀を説明しようとした。
「……とんがった耳があるのや。なんやらけったいな亀や。亀の妖怪かもしれん」
彼はふと周囲を見回した。
「亀の説明はこのあたりにしとくわ。なんかあの亀はな、話をすると飛んでくるような気がする。そういうけったいな亀がな、誰も行かんような叡山の奥にひっそりといるのや」
くまさんは軽く笑って、戻っていった。

【 つづく 】


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