【 台湾魔談 】(8)

【 香菜方便麺 】

レール脇の土手に腰かけていたはずが、いつのまにかザックを枕に爆睡していた。
カタンコトンという振動音で反射的にポンと起き上がった。目を覚ました瞬間に「やばいっ!」と焦った。なにがどう「やばい」のかさっぱりわからなかったが、大混乱の目覚めだった。まさに「ここはどこだ。なにをしてるんだ」状態。少年時代に楽しんだ「危険なレール遊び」の罰が当たったのかもしれない。

目覚めた視界に電車があったので2回目の仰天に翻弄されてしまったが、自分はレールの上ではなく土手におり、見慣れない電車は台湾の電車であり、周囲の人々が一斉に電車に向かって歩き始めた様子をポカンと見て、ようやくここは台湾で、これはお迎えに来た電車で、これに乗れば台中に行けるという現実が飲みこめた。
「やれやれ現実は過酷だ」といった気分で立ち上がり、腕や腰をパンパンとはたいた。激しい空腹を感じた。「どうやら元気らしい。大丈夫だ」と自分に言い聞かせた。

車内に入った途端に、チキンラーメンにシャンツァイを乗っけたような匂いがした。客席でカップラーメンを食べている家族がいる。立ったままで食ってる男もいる。「よくお湯が手に入ったな」と思ったのだが、後からカップラーメン片手に電車に入ってきた男たちを見てなんとなく合点がいった。おそらくこの人たちは焚火でお湯を沸かしたのだろう。沸いたところでイザ食おうと思ったら、お迎え電車が来てしまったのだろう。たまたまシャンツァイを持ってる人がいて、それをとりあえずカップラーメンに乗っけて食おうということになったのだろう。それにしても、混み合った電車で、シャンツァイカップラーメン。この国の人は、とにかくそこらじゅうでなんか食ってる。どの方向を見てもなんか食ってる。

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【 復興大飯店 】

正午前の台中駅に到着。すでに炎天の日差しだ。駅の構内は奇妙に暗く、木がブスブスとこげたような匂いがツンと鼻の奥を刺激する。この匂いは以前に嗅いだことがある。火事場のにおいだ。反射的にポケットから出したハンカチで鼻を覆う。目を細めるようにして、しばし駅の日陰から駅前の様子を観察する。大飯店の看板はないだろうか。

円形のロータリー広場をはさんで駅と向かい合っている三階建てのビルが、大きく手前に傾いている。まるで巨大な四角いロボットがガックリと片ひざをつき、うなだれているようだ。本来見えるはずのない屋上の黒ずんだ床が、丸い通風口と共に見当違いの方向にむき出しになっている。

片方の肩をむき出しにした老女がコンクリートの歩道にペタリと座り、広場の中央に立つ蒋介石の立像を指さしてゲラゲラと笑っている。狂女だろうか。
頭を丸め、黄土色の僧衣に身を包んだ人々が会話もなくしずしずと一列になって駅を出ていく。ざっと20人ほど。入れ違いに駅に入ろうとしている5人は迷彩服の若者たちだ。ファッションではない。みな支給された軍服で身を固め、パンパンに膨らんだカーキ色のバッグを背負っている。この国には兵役義務がある。召集されて出発するのだろうか。あるいは治安維持部隊として臨時招集でもかかったのかもしれない。彼らはくったくのない笑い声を残して駅に入っていった。

とりあえずなんか食おう。
駅前のあちこちに散在する屋台を物色し、「粥」と大きく掲げられた屋台に入った。日本では「おかゆ」と言えばなんだか病人食のイメージだが、台湾ではそんなことはない。病人食どころか「屋台で食べる朝食」の定番である。むしろ健康食といったイメージだ。
キュウリの漬物とゆで卵と油であげたシュウマイがセットになってる写真を指で示してオーダーした。全部で70元(280円)。

すぐ隣に座っている老人がこちらを見てニヤッと笑い、「ちょっと失礼」といった感じで腕を伸ばしてきた。私が座っているカウンター席の前にカナダライが4個ほど並んでいる。なるほど勝手に取っていいトッピングなのだろう。彼が手づかみで取っていったのは、やはりというかシャンツァイ。なにか話しかけて来たので、とりあえず笑顔で応じた。
これが裏目に出た。なんと私のおかゆにもバサッと入れやがった。「うわっ」とのけぞったのだが、後の祭り。「郷に従え」と自分に言い聞かせて無理やり食べた。「この調子で行ったら、帰国時にはラーメンにシャンツァイを入れないとダメな男に改造されちゃってるかも」などと真剣に考えながら食べた。

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1時間ほどあちこち歩き回り、「復興大飯店」という看板を見つけた。誠にタイムリーで威勢のいい名前だが、玄関脇の壁にヒビの入った貧相なビルで、ホテルの雰囲気とはほど遠い。神田の古書店街で見かけるような古いビルだ。大丈夫だろうか。しかし贅沢は言ってられない。

目がチクチクと痛むほど日差しが強い往来からロビーに入ると、まるで洞窟の中に入りこんだように暗く感じた。停電?……そうではない。奥の方からかすかにテレビの音声が聞こえてくる。突き当たりまで行くと、バーのカウンターのような一角があり、内側に老女が座って小さなテレビを見ていた。英語で話しかけると、日本語で「日本人かね?」と言ったきり黙ってしまった。日本人にあまり好感を持っていないらしい。「泊まりたいのですが」と日本語で伝えると、無言で数枚の写真をカウンターの上にパサッと置いた。部屋の写真だ。5枚ある。裏を見ると値段が書いてある。なるほど。

写真を全部裏にして金額順にテーブルに並べ、真ん中の金額を選んで老女にわたした。彼女はうなずき、右手で「602」のキーをつかみながら左手を突きだしてきた。すぐ払えということらしい。680元(2720円)を支払い、非常に不安を感じさせるきしみ音を聞きながらエレベーターで最上階の6階まで上がった。次からは往復とも階段を使おう。

部屋は少しカビ臭かったが、ベッドのシーツは新しかった。念のため廊下に出て突き当たりの非常口を確認し、ドアを少し開けて外を見た。部屋に戻り、ザックをベッドの下に押しこんだ。パスポートと財布を確認して左右の胸ポケットに入れ、友人に渡す援助金をジャケットの内ポケットに入れた。部屋に鍵をかけ、50ミリ装着の一眼レフを持ってホテルを出た。
書店を見つけなければならない。台中市の詳細な地図が欲しかった。

……………………………………    【 つづく 】

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