エドガー・アラン・ポー【早すぎた埋葬】(8)

【 ハンギング・コフィン 】

世界にはなんとも奇妙な葬式を受け継いでいる民族がある。棺(ひつぎ)は埋葬または火葬するために必要な箱だと我々は思っているのだが、埋葬でも火葬でもなく、なんと棺を崖からぶら下げる葬式をしている民族もいるのだ。「崖葬」とか「ハンギング・コフィン」と呼ばれている。御存知だろうか。その一例が中国南部のボウ人と呼ばれる少数民族である。またインドネシア、フィリピンの少数民族でも同様の葬式を行なっている。

(1)崖の途中にある洞窟に棺を置く。
(2)切り立った崖に刺した2本の杭の上に棺を乗せて固定する。
(3)切り立った崖の途中に突き出した岩の上に棺を置いて固定する。

このいずれかで棺を置く。運んで設置するだけでも大変な苦労だろう。危険も多いに違いない。「安置」というイメージからは程遠いように思われるのだが、なんでまたそんな危険な葬式をしているのか。

(1)遺体が獣に荒らされることを防ぐ。
(2)このような手段により魂を永遠に祝福できると考えている。

ということらしい。
獣は来なくてもハゲタカ系の鳥は来ないのか。なんでこんな宙吊りが「魂を永遠に祝福」に結びつくのか。疑問は尽きないのだが、ポーが恐れたように「生き返ってしまった人」にとっては(そんな例はまずないのだろうと信じたい)、生き返った途端に崖から落下するわけで、想像するだけでも誠に恐ろしい。

【 ヴィクトリーヌ事件 】

さて「早すぎた埋葬」の次に進もう。
今回の一例は1810年にフランスで実際に発生した事件だが、前回の「ボルティモア事件」に比べて、なんと「めでたしめでたし」で終わる話だ。こういうエピソード配列もまたポーの画策かもしれないが、ともあれ順を追って見ていこう。

(1)裕福な家柄・美しい容姿という恵まれた娘がいた。名前はヴィクトリーヌ。
(2)ヴィクトリーヌには多くの求婚者がいた。その中にパリの貧しい文士ジュリアンがいた。
(3)ヴィクトリーヌはジュリアンを愛したが、結局は有名な銀行家であるルネルと結婚した。
(4)ルネルは結婚後に豹変。ヴィクトリーヌを虐待。
(5)数年後にヴィクトリーヌは死んだ。(死んだと診断された)
(6)ヴィクトリーヌは生まれた村の普通の墓に埋葬された。
(7)ジュリアンは絶望したが、せめてヴィクトリーヌの髪を少し手に入れたいと考えた。
(8)ジュリアンはその村(パリから遠い村だった)まで旅行し、真夜中に棺を掘り出した。
(9)まさに髪の毛を切ろうとしていると、ジュリアンはヴィクトリーヌが動いたのを感じた。
(10)ジュリアンはヴィクトリーヌを背負って墓地を出た。
(11)ヴィクトリーヌは生き返ったことを隠し、ジュリアンとともにアメリカへ渡った。
(12)20年の歳月が流れた。
(13)もう大丈夫だろうと思ったヴィクトリーヌはジュリアンとともにパリに戻った。
(14)ところが(驚いたことに)ルネルは一見してヴィクトリーヌを見破った。
(15)ルネルはヴィクトリーヌに妻として戻ることを要求。ヴィクトリーヌは拒絶。
(16)裁判となった。法廷はヴィクトリーヌの拒絶を支持した。

1810年、これはポーが1歳の時の事件だ。パリはさぞかし沸いたであろうと思われる。

【 追記 】
実際にこの事件はあったのか、この裁判の記録は残っていないか、ネットであれこれ調べてみたのだが、ついにわからなかった。わかったのは数人の批評家がやはり同様の「証拠不明」を挙げた上で「これはポーの創作である疑いが濃い」と述べていることのみであった。

【 つづく 】


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