【 魔談515 】モンマルトルの画家たち(16)

【 謎のシーン 】

極めて個人的な話で恐縮だが、私には自身に起こった出来事ながら極めて不可解なことがある。
バスチーユ広場界隈をあちこち歩きながら、じつは私は(ほとんど無意識レベルで)ある光景を探していた。それは端的に説明すると「20歳の頃から夢の中にたびたび登場する謎の光景」としか言いようがない光景だ。行ったこともないし、見たこともない街の光景だ。「映画とかテレビでふと見た街の光景かもしれない」と思い、それらしい映画を観て探したこともある。もしそれで発見したら(その光景ばかりが夢で出てくる理由はわからないものの)さぞかしせいせいするだろうという期待があった。しかしわからなかった。

あなたは夢の中で「これは夢だ!」と気がついたことはあるだろうか。一度だけでもいい。気がついたらさぞかし面白いだろうと思うのだが、私は残念ながら一度もない。しかしこの不思議な光景が夢で出てきた時、夢の中の私は確かに「……あ、またここか」と思っている。なんというか、ややうんざり気分で「またここに来てしまったぞ」と思っているのだ。そこまで気がついているのなら、普段の覚醒している私なら大いに探究心を発揮し、「ようし、ではこの機会に徹底的に調べてやるぞ」と喜んでもよさそうなものだ。ところが夢でその光景に出くわした私は、まるでなにかの呪文に束縛されているかのように、ただ茫然と道を歩き、街並みを眺めながら「またここか」と思っている。その繰り返しだ。

それは間違いなく異国の街で、(なんの確証もないが)ヨーロッパの古い街であるように思われる。歩道は石畳で、左右の建物はくすんだ色調の石づくりだ。なにか店舗とか看板らしきものがあれば記憶に残るだろうし、手がかりになるに違いない。しかしその光景には通行人も、看板も、店舗もない。私だけがただひとり、黙々とその道を歩いている。そして角を曲がる。角を曲がったあたりには日がさしている。「うわっ、まぶしい!」てな感じで、私は思わず目を細める。その時点でこの不可解な夢はスッと終わる。

もう何回、この夢を見てきたことだろう。さらにまた不可解なのは、この夢はしばしば集中して発生することだ。私の誕生月は5月なのだが、4月・5月あたりに発生することが多い。毎週のように発生し、朝に目覚めたときは、「また出たか。いったいどういうことだ?」としばらくベッドの中でその光景について考えていたりする。夢に注文などつけられないし、自分で勝手に観ている夢なんだから、誰かに文句を言うこともできない。文句を言うつもりはないが、こうして書き記すことによって、読んでもらうことはできる。

【 ステーショナリー・トラヴェラー 】

じつは一度だけ、その光景に近いというか、まさにその光景を彷彿とさせる写真を見て「あっ」と息を飲んだことがある。
英国のプログレッシブ・ロックで「キャメル」というバンドがある。ファンからは「叙情派ロック」と賞賛されている。なんというか切々とメロウに訴えてくるようなロックなのだが、そのバンドが1984年に「ステーショナリー・トラヴェラー」というアルバムを発表した。当時28歳だった私は「キャメル」のファンだったので「出たっ!」とばかりにレコード店に走ったものである。買ったのはLPだったが、そのジャケットを手にして思わず呆然としたのだ。「あっ、ここだ」とまでは思わなかったが、「まさにこの雰囲気だ」とジャケットを持つ手が微妙に震えたことを今でもよく覚えている。

そのアルバム「ステーショナリー・トラヴェラー」は「ドイツの東西分裂/ベルリンの壁」をテーマにしたものだった。白黒写真の色調に近いジャケット写真には、スカーフを頭に巻いたロングコートの女性がこちらに向かって歩いてくる。早朝だろうか、彼女の吐く息は白い。全体の雰囲気はまさに「ヨーロッパの憂愁」といった言葉がピッタリで、どこか寂しげな「ヨーロッパの街の場末」といった雰囲気が色濃く漂っている。彼女の背後からは強烈な日光が差しこんでおり、彼女はほぼ逆光状態で表情はよくわからない。彼女の影は手前に向かって細く長く伸びている。太陽の位置が低いのだろう。早朝の寒気の中を歩いているのかもしれない。

このLPを買った直後、私は自宅の壁に「ステーショナリー・トラヴェラー」LPジャケットを飾った。中身のLPはジャケットから出して紙のケースに入れ、別の場所に保管していた。毎日のようにジャケットを眺めていたが、あるときふと、ある考えが浮かんだ。夢の光景は、もしかして私の前世の男(あるいは女)が毎日のように見ていた光景ではないだろうか。
「いやいやそんな馬鹿な」とは何度も思った。たとえば「船から落ちて死んだ」とか、そうしたショッキングな死因であればその瞬間の記憶はどこかにとどまり、次に生まれてきた人に宿るなんて不思議なことが起こるのかもしれない。しかし「ただ道を歩いていた」なんてたわいない記憶が(前世の人の)死を越えて(私に)受け継がれるなんて、そんなことが起こるとはまず考えられない。

結果としてはこの「パリ10日間」ツアーの間、私はとうとう「その光景」に出会うことはできなかった。
私のパリ徘徊は名所など全く眼中になくただ「思いつくまま・気のむくまま」が多かった。あちこちの裏通りを歩きつつ「似てる、似てる」なんて思いながらドキドキしてそれとなく探していたのだが、とうとうその光景は私の前に現れてくれなかった。たぶんこの謎めいた不思議な現象に結論は出ないのだろう。今ではそう思っている。

【 つづく 】


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