将棋映画と言えば、まず坂田三吉を描く「王将」(昭和23)だろう。
坂田三吉は明治から昭和初期にかけて活躍した関西将棋界の実在の棋士だ。我々の世代は小学生の頃覚えた村田英雄のドスの利いた「吹けば飛ぶよな将棋の駒に掛けた命を笑わば笑え」という「王将」の唄の一節がすぐに頭に浮かぶ。
大阪天王寺の貧乏長屋に暮らす三吉は草鞋(ぞうり)作りの職人で文字の読み書きも出来ない。将棋にめっぽう強く大会でどんどん勝ち上がり、関東から来た関根7 段と対戦するも、「千日手」で負けとなる。目の病で失明しかけるが手術で回復、精進を重ね「名人」を狙えるようになって行くが、…といった物語だ。
この映画はまずスタンダード画面のモノクロの濃密な映像がいい。チンドン屋、オンボロ長屋、中華そばの屋台、煙を吐く蒸気機関車、ポンポン船、ランプ、赤子を負ぶう少女など、今はほとんど消えた懐かしい生活の風景が映る。我々はゆっくりと心地よいリズムで映画の世界に引きずり込まれていく。
主演の阪東妻三郎が名演技を見せる。「無法松の一生」(昭和18)でもそうだったが、無学だが純情一途な市井の男を演じると輝く。感情の表現が豊かで、本当に将棋が好きで堪らないという感じがよく出る。
大会で自分の名を書く時に、筆でまず横の線を7本書き次に縦の線を3本描く。最初は何をやっているのか分からなかったが、線が見事に繋がって「三吉」となる。字も書けぬがそれを気にする風情も無く将棋を指したくて堪らない三吉の人となりが見事に表されていた。
また、将棋に熱中し生活力のない「大人子ども」の夫を支える妻小春を演じた水戸光子もいい。もう将棋をやめると言って駒を七輪にくべた三吉に向かって「指すからには日本一になってほしい」と言うシーンは何度見てもぐっと来る。
☆ ☆ ☆ ☆
さて、時代がぐっと下がり平成の初めに「西の村山」として関西将棋界で名を馳せ、「東の羽生」と戦うべく上京するも29歳の若さで夭折した棋士村山聖(さとし)を描くのが「聖の青春」だ。
実は彼のことをよく知らなかったが、期待を上回る作品で後半は画面に釘付けになり彼の生き様を固唾を呑んで見つめ続けた。
幼い頃からネフローゼの病を持ち16歳で大阪で一人暮らしをしながらプロ棋士になり、26歳で上京してからは膀胱ガンの手術も受け壮絶とも言える棋士の生き方をする、その人生に驚嘆した。
映画の中では、天才羽生もクールでいるようで一度村山に負けると「負けて死にたいほど悔しい」という台詞を吐く。聖は膀胱摘出の手術のあと羽生と最後の一局を闘うのだが、その13時間余(!)の死闘を見ながら、私は2人の棋士に対して凄絶さと共に一種の美しさを感じてしまう程だった(聖は羽生とは通算成績6勝8敗)。
主演の松山ケンイチはその体を相当に太らせた根性もさることながら、繊細かつふてぶてしさも出した演技がなかなか良く、村山聖の魂までも表しえたと思う。
映画を観たあと劇場でパンフレットを買い求め村山聖氏の生前の紋付袴を着た写真を見たが、正に怪童、少年のような純粋さと向こう気の強さとやんちゃさが同居している。改めて夭折した彼の大きな無念を感じ少し落涙した。
☆ ☆ ☆ ☆
さて、好きな映画をもう一本。
森義隆監督の映画の面白さを知ったのは高校生野球映画「ひゃくはち」だ。これは野球名門校でレギュラーの次の補欠枠(!)に入るために頑張る野球部員2人の青春映画。
笑えて泣ける切ない映画で後味も良く、元気が出ること請け合いだ。
野球の練習シーンはとても迫力があるがそれもそのはず、監督自身が男のシンクロ「ウォーターボーイズ」で有名な埼玉県立川越高校の野球部出身なのだ。
※「聖の青春」画像はシネマズニュースより
(by 新村豊三)