ロシアのウクライナ侵攻が私たちの一番大きな関心事になり(本当に酷い状態だ)、映画はほとんど話題になっていないと思う。平時ならば、巨匠スピルバーグが、あのミュージカル映画「ウエスト・サイド物語」をリメイクして力作を作ったことが大きな話題になっているのに、と思う。今回は、これと、もう一本、これもリメイク作品「コーダ あいのうた」を紹介したい。
全世界でヒットした「ウエスト・サイド物語」は1961年の製作。今度の新作「ウエスト・サイド・ストーリー」も、流石スピルバーグ監督、大変面白い。
設定やストーリーは前作そのまま。60年代のニューヨークを舞台に、イタリア系移民を中心とした不良少年グループジェッツ団と、プエルトリコ系移民のシャーク団が対立する。ジェッツ団系のトニーとシャーク団団長の妹マリアが恋に落ち、現代版「ロミオとジュリエット」のストーリーが展開する。
街の風景も人物も前作よりはるかにリアル。踊りも歌も見事。「トゥナイト」も「イン・アメリカ」も良かった。「トゥナイト」は映画「レ・ミゼラブル」の「ワン・デイ・モア」が頭に浮かんだ。ただ「クール」だけは、前作が良かったと思うが。
配役を言うと、前作でジョージ・チャキリス(足が上がってカッコよかった)が演じたベルナルド役を、いかにもプエルトリコ人みたいなラテンな風貌の役者が演じている。カッコ良すぎなくてリアル。ボクサーの設定だから、トニーに浴びせるパンチも重量感があった。マリアもトニーも良かった。
陰影のあるロングショットの撮影が冴えたところもある。決闘を行う工場で、俯瞰で捉えた、人物たちが登場する時の長い影も印象的。
しかしだ。この映画を見たのが、ロシアのウクライナ侵攻の2日目だった。シャーク団のベルナルドがジェッツ団のリフを刺した時、トニーが思わず刺し返す、あの「はずみの暴力の連鎖」が、戦場で行われているのだろうと、映画を見ている瞬間に何故か頭をよぎってしまった。故に、ラストシーン、トニーがチノに射殺されて遺体が運ばれていくとき、もう、辛くてしょうがなかった。
最初の作品が作られて61年も経った。しかし、人種間の対立はニューヨークだけでなく、アメリカ全土にある。オバマが大統領になっても、黒人は差別を受け、最近はアジア人へのヘイトもある。そして、ロシアはウクライナを侵攻する。ああ、もうユーウツになって仕方ない。
ない物ねだりを言おう。60年前の現実でなく。スピルバーグには今のニューヨークを、シャープかつリアルに描いてもらいたい。移民問題と貧困がある現状で、希望と共に描くことは困難であるかもしれぬが。
好きな映画をもう一本! これもアメリカ映画、「コーダ あいのうた」も中々いい。「コーダ」とはChildren of Deaf Adults のことで、聴覚障害を持つ親に育てられた子供のことだ。両親と兄に聴覚障害のある「コーダ」の女子高校生が歌の才能を認められて、大学に進学するまでのストーリーだが、2014年製作のフランス映画「エール!」のリメイクである。
フランス版は農家の家庭だったが、アメリカ版は漁業に従事して生計を立てている家族。舞台はアメリカのマサチューセッツ州の太平洋に面した漁町。
冒頭の、小さな漁船による漁業の描写も興味を引く。早朝の海で、耳の聞こえぬ父・兄と主人公のルビーは船に乗って一緒に働く。
高校の授業で合唱の授業を取ったことからルビーは音楽の先生に才能を認められ、音楽大学の受験をすることになる。しかし、彼女は一家の働き手であり、親に大学進学を反対される…。尚、母親役は自身、聴覚障害のあるマーリー・マトリン(「愛は静けさの中に」でアカデミー主演賞を取っている)。父親(トロイ・コッツアー)も兄も実際に聾唖の役者である。
さて、一番良かったのは、高校の発表会に家族がやって来て、ルビーが歌を歌いはじめると、しばし無音になる演出。周囲の観客は歌を楽しみ声援を送るが、この家族には歌は全く聞こえてこない。無音になって初めて、耳が聞こえないことが実感として分かり切なくなった。その日の夜、父親がもう一度娘に歌わせ、首を触って歌を感じるところもいい。また、大学入試の実技で、会場に駆け付けた家族に、主人公が手話で、意味を伝えるシーンも感動的だった。
(付記。3月28日発表のアカデミー賞で、「コーダ」が作品賞、助演男優賞(トロイ・コッツアー)、脚色賞を受賞した。また、「ウエスト・サイド・ストーリー」も助演女優賞(アリアナ・デボーズ)を受賞)
(by 新村豊三)