ここ数年のお気に入りの女優は伊藤沙莉(さいり)だ。頻繁に脇役や主役で登場し、存在感があって不思議な印象を残している。
顔は童顔で、美人と言うより、可愛く、どこにでもいそうな女の子で、声が容貌に似合わずハスキーだ。それで、気取りが無くて、存在感があって何でもこなしているのがいい。ヤンキー姉ちゃん、飲み屋のチーママ、デリヘル派遣業の事務職員、女子高校生などなどだ。こんな子が姪っ子にいたりするといいなあと思う。
さて、彼女と池松壮亮が共演する新作「ちょっと思い出しただけ」を見た。監督は松居大吾で、彼の4年前の「君が君で君だ」はこの年のベスト映画だった。
この新作、好きです。切なさがたまらない。伊藤沙莉が東京を廻るベテランのタクシードライバー。元カレである池松壮亮は、ダンサーの夢破れた証明技師。とてもユニークな構成で、池松の誕生日である「7月26日」の出来事が、6年分、定点観測のように、一年ごとに遡って描かれる。見ているうちに、現在、二人は別れているのだが、恋人だった時期があり、6年前の「7月26日」に出会ったことが分かる。
この映画にはチラシが7種類あるのだが、その理由が見てやっと分かった。6年間のそれぞれの時代の2人がチラシになっているのだ。
撮影の素晴らしさに眼を瞠る。車が走り風景が変わるのも好きだが、二人が一緒に行く水族館のシーンがいい。ブルーの色調、魚がゆっくり泳ぎまわる。何だかとてもいい。二人がビルの屋上で花火をするシーンも綺麗に撮れている。
絵は綺麗でも、ドラマはリアルな、地に足が付いた現代の等身大の若者の話だ。伊藤沙莉は、後半になるにつれて良くなっていく。つまり、二人が出会った頃だ。中々にユニークな言動を取るのだ。
本筋に直接関係ない中年オヤジ役の永瀬正敏がいい味を出している。彼は公園のベンチに座ってひたすら妻が帰ってくるのを待っているのである。妻が何故いなくなったかは語られないが、愛を信じるひた向きさがいいのだ。3年前のジム・ジャームッシュの「パターソン」でもあんな役だったか。そうそう、このカップルがジャームッシュの「ナイト・オン・ザ・プラネット」を見ているシーンもチラッと出て来る。あの映画も、ヒロインの一人はタクシーの運転手だった。
伊藤沙莉は一昨年見た「タイトル、不要」という映画でも主役を演じた。彼女が出ているシーンは面白く、見ていて全く飽きなかった。本当に珍しい女優だ。
彼女がすぐに登場し、線路沿いの道で黒い下着姿で自分の身の上を述べるー「おセックスをしたのは高2の時で‥」。彼女の「おセックス」という言葉に笑った―ここら辺は素晴らしかった。ワクワクした。映画は、デリヘル嬢の仕事を初回から逃げ出してしまい、しかしスタッフとして雑用をやるようになった彼女から見た、デリヘル嬢やスタッフの男たちの群像ドラマ。正直、ドラマ全体はあまり面白くないが、伊藤沙莉を見る価値はある。
さて、彼女が出ている、好きなネットフリックスドラマを一本。80年代に過激なアダルトビデオで社会現象にもなった実在のAV監督村西とおるの半生を、フィクションも交えて描いた「全裸監督」が面白い。それぞれ8話から成る、シーズン1が一昨年、シーズン2が昨年配信された。
福島出身で、80年代に札幌で英語教材のセールスをやっていた村西は、自らアダルトビデオを製作するようになり、上京して黒木香という横浜国大在籍の女子大生に出会い、本番ビデオを撮らせ、それが爆発的に売れて有名になる。
私も友人と一緒に、若かりし30代の頃、お嬢様の丁寧言葉で、黒々とした腋毛を見せて過激な発言を繰り返していた黒木香のビデオを見たことをそっと告白する。いや、男なら見てない者が珍しいかもしれない。
このドラマは無茶苦茶面白い。良く練られた脚本でテンポが良い。パンツ一丁で村西を演じる山田孝之、時に全裸で黒木を演じる森田望智、共に好演である。また、札幌時代からずっと苦楽を共にするアンちゃん役の満島真之介が素晴らしい。
さて、伊藤沙莉は、村西が率いるビデオ製作会社のメイク役である。歌舞伎町のしがない小さなプロダクションから、ビッグになるまで村西を支えていく。常にニコニコしてカラっとしてムードメーカー。しかし、人の気持ちを理解する優しさも持つ。そんな女性を自然体で演じている。
(by 新村豊三)