パリ、ダブリンに続いて北アイルランドの首都ベルファストを訪れた。その理由は、やはり、映画だった。2年前、「ぼくたちの哲学教室」というドキュメントに感銘を受けた(2023/11/30の回で紹介)。英国から独立するかを巡って対立が続く環境の中、小学校の校長が生徒たちに「哲学」を教える様子を描いた映画だった。その学校に行って見たい、と思ったのだ。
また、7月には「Kneecap/ニーキャップ」という、ベルファストで活躍するラップグループの活動を描いた劇映画を見て、ますますこの地を見たくなっていた。

ダブリンからベルファストまでは、特急で2時間。朝7時、ダブリン・コノリー駅発の電車に乗った。海岸線を走る列車の東を燃えるような太陽が昇った。美しく素晴らしかった。あの情景、一生忘れないだろう。
残念ながら、丁度ハロウィーン休暇の時期で小学校が休校であった。学校の周囲には誰もいない。守衛さんの姿もない。やや荒れた感じの地域で、労働者向けの2階建て低層のアパートが並ぶ。学校の周りの建物に大きな看板が何枚もあり、例えばこんな看板があった。絵は、スポーツの格好をしている少年たち3人を背後から描き、うなだれる真ん中の子の肩を左右の少年が抱いている。試合で敗北し慰めていると思われる絵だ。その横に、You will face many defeats in life, but never let yourself be defeated.とある。「人生負けることも何度もあるだろう、でも、自分に負けること勿れ」といった意味。いい言葉だ。
近くに、個人で営む小さな食料雑貨店があり、40代後半に見える女性オーナーと80歳くらいのおばあちゃんがいた。僕は、コーヒーを注文し、気が付くと女性オーナーと雑談が始まっていた。日本から来た。この学校を描いた映画が好きだ。お土産や手紙を持ってきたのに休校で残念だと伝えた。横にいるおばあちゃんはニコニコ笑っている。
そうしたら、このオーナーが、校長はよく知ってるから渡してあげるわよと言ってくれるのである。
あの校長になって、それまではいろいろトラブルが多かったけれど学校が良くなってるのよ、とも。オーナーのジェインさんは気さくな方であった。呼んでくれたタクシーを待っていると、道路の向こう側の建物にはグループkneecapを支持すると書いたデカい看板が掛かっている。
あの映画、見ましたよと言うとジェインさんは喜んでくれて、一緒に写真まで撮った。本当に嬉しい気分だった。オレは、失敗に直面したが、自分には負けなかったのだと思った(笑)。

監督:リッチ・ペピアット 出演:モウグリ・バップ モ・カラ DJプロヴィ他
好きな映画をもう一本!当然、「kneecap/ニーキャップ」。民族・宗教・言語が違うアイルランドが120年程イギリスの植民地だった後、独立する時、カトリックかプロテスタントかという支持する宗教の違いや、政治的経済的理由で、北アイルランドがアイルランドから分離した。
そのためにベルファストでは対立や紛争が続いてきた。全島統一を目指すリパブリカンと現状でいいというユニオニストの対立だ。興味深いのは、住民の中にカトリックがいるし、英国を批判する人もいる。アイルランド語を日常的に使う人も少数とはいえ存在する。
そして、イギリスへの抗議(例えばEU離脱)、日々の労働、日常生活の不満などを、アイルランド語のラップで唄う人気グループが3人組のKNEECAPなのだ。
バンドは、若者二人(ニーシャとリーアム)とおじさん一人(JJ)で構成され、演奏中ケツを出したりして品のいいバンドではないが、アイルランドや北アイルランドで熱狂的に支持されている。JJは高校の音楽の先生で、最初は正体がばれないよう帽子をかぶってステージに立っていた。
3人の出会いが面白い。警察に捕まった若者二人が取り調べの際、英語でなくアイルランド語で答え続けるので、警官は言葉が分からず、アイルランド語を話せるJJが呼び出された。リーアムが書いている詩がいいので、JJが作曲してバンドを組むことになる。
映画の筋は面白くアップテンポだし、映画のノリが良くてはじけるようだ。脇の人物もキャラが立つ。建物爆破などIRA活動を行い死んだことになっている、ニーシャの父親、そしてそれを追う冷酷残酷な女刑事などが活躍する。
公的にはアイルランド語を使ってはいけないという状況があり、アイルランド語を公用語に認めよという人々の大きなデモが行われている。だからこそ、ニーシャの父親が「アイルランド語は自由への弾丸」という言葉が強く響き、感動的な映画になっている。
(by 新村豊三)