2017年のキネマ旬報のベストテンが先日発表された。邦画の一位は「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」、洋画は「わたしはダニエル・クレイブ」だった。
この2作には共通点がある。前者は現代の渋谷を舞台に格差社会を生きる日雇い労働者の若者と看護師の女性の恋を描く。また後者は、イギリス映画の至宝の存在と言ってもよい社会派のケン・ローチ監督の作品で、仕事が出来なくなった60近い労働者階級の男性が日々の生活に苦闘しながら若いシングルマザーを助けようとする映画だ。
期せずして、この困難な時代をもがきつつ懸命に生きている人物を描く映画の秀作が洋の東西で登場したのはとても興味深い。
さて、昨年邦画の新作を40本余り見たが、印象に残る恋愛映画が何本かある。まず、そのベストワンに輝いた「最高密度」だ。最果タヒの詩集にインスピレーションを得てオリジナルの脚本を書いた俊英石井裕也が監督している。
工事現場で働く若者池松壮亮が、看護師の石橋静河と出会い恋をしていく。現実を反映して暗い映画ではある。最初は社会の下積みと言ってよい人たちばかりが沢山出てくるし、雑然とした都会の描写が続くので正直見続けるのが少し辛いかなと思う。
しかし、いろいろと映画としてのストーリー上の仕掛けがしてあって、次第に映画に引きずりこまれていく。具体的には、同僚の自死や主人公の目のハンディ、あるいは、詩を提示する演出などである。
今の時代の恋愛映画作りはなかなか難しいのではと思う。若者の何割かを占める非正規の人の現実をリアルにシリアスに描くと、見る側は結構辛い気持ちになり映画が持つべき娯楽性が無くなってしまうだろうし、と言って現実を描かぬ脳天気ハッピー映画だとその時の時間つぶしになり、浅い映画になってしまうだろう。
その点この映画はその微妙な点をクリアーして、現代を生きる若者のオーソドックスな映画になっている。池松壮亮は若いが演技は安定。女性の石橋静河はほぼ新人であり少し演技が硬いが、逆にそれがこの真摯な映画に似つかわしい。恋愛観についてやや理屈っぽい(?)二人だが、若者の考え方の一端が理解できたような気もした。
もう一本は「彼女がその名を知らない鳥たち」だ。原作は、「イヤミス」と呼ばれるミステリー。「イヤミス」とは、読んでイヤな気持ちになるミステリーのことだ。確かに、この映画では、大阪の堺に住む若い女の子が15歳も年上の労務者と同棲し、クレイマーになったり、百貨店のイケメンの若い従業員と関係を持ったりし、本当に嫌な感じのする人物ばかりが登場する。
次第に、ヒロインを巡って殺人事件が起きたことも分かってくる。ドロドロの人間模様が出て来て、ある意味突き抜けたコメディにも思えて来たりする。
ところがである。ラスト30分あたりから、この映画の本質が見えてくる。話の展開に目を見張るようになる。そうかそうなのか、これはそんな映画なのか。ネタバレになるので触れられないが、これは究極の恋愛映画であり、私は相当に心揺さぶられてしまったのだ。
ヒロインは蒼井優。これまでは可愛く素直な娘の役どころが多かったと思うが今回は悪女だ。そして、哀しい女だ。演技、しゃべり方、表情(特にラスト)が素晴らしい。キネマ旬報で主演演技賞を取ったのも納得である。
他にも年末に見た「勝手にふるえてろ」が面白い。綿矢りさの原作だが、とにかくヒロインの女の子がユニーク。地方から出て来て都会で普通のOLをしながら一人暮らし。昔の同級生を恋人にすべくいろいろとアタックしていく。脳内恋愛というか、自分の中で妄想に近いものを作り上げている。松岡茉優というヒロインの、この演技が見ものだ。しかし、演出も冴えていて映画全体の質が高い。
他にも、以前も紹介したが、男同士が愛し合い信頼しあって暮らす、秀作LGBT映画「彼らが本気で編む時は、」もあった。そうか、この映画も含めて、昨年の邦画の恋愛映画は豊作だったのだ。今年もどんな映画に巡り会えるかとても楽しみだ。
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(by 新村豊三)